わだかまり

「ありがとうございます。少し考えさせて下さい」

 喜びつつ月花は返事を保留にした。とはいえ、一人暮らしのアパートに帰る頃には、気持ちは既に決まっていた。



「ええ、むっちゃやばいやん!」

 友人の加藤優香かとうゆうかが、まるでムンクの叫びのように両手を頬に添えた。

「ちょっと優香、声が大きいよ」

 昼時の学食は学生たちでごった返している。さすがにそんな大勢の人間に聞かれるのは恥ずかしい。「だってティムさんカッコええし、頭良さそうやし、私の中ではランキング第一位やで!」

「本当は私も少し前からいい人だなと思い始めていたのよ。でも、タンデムパートナーだと自分に言い聞かせて気持ちを封じていたの。それを彼が開いてくれた気がする」

「それで、オーケーの返事はしたん?」

 月花は首を振った。

「お返事はもうちょっと温めてからにしたいの。でもそれより気になるのは……親にどう報告しようかということよ」

「そやなあ……月花、家出同然でこっち来てるし」

「家出同然て……」

 月花は苦笑したが、優香のいうこともあながち間違いではない。



 月花の実家は博多の由緒ある家系で、父親は娘が嫁入り前に家を出ることをよしとしなかった。

 ところで月花はかねてから、大阪の大学に興味の引かれる学科があり、そこで学びたいと強く願っていた。しかしそのことを父親に言えば間違いなく反対される。

 そこで母親に相談したところ、このように助言された。

「地元の大学をいくつか受験して、こっそり大阪の大学も受けるといいわ。それで受かったらそこに行くのよ。事後承諾だったらお父さんだって文句いわないでしょ」

 そしてその通り、月花は大阪の大学に合格し、入学手続きをした。父親には全て手筈が整ってから報告した。

「お父さん。私、大阪にいきます」

「そうか……」

 父親は無表情に、目も合わさずにこたえた。月花の胸には重苦しいものが澱んだ。そして家を出る時も、父親は見送ることさえしなかった。それから月花は実家の敷居をまたがず、母親とは手紙のやり取りはあっても父親とは一切言葉を交わすことはなく今に至っている。

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