当面の課題
「この前のお返事ですけど……」
月花が口火を切るとティムが襟を正し、きく姿勢になった。「私も同じ気持ちです。ただ、結婚するのは卒業まで待っていただけますか? 親の反対を押し切ってまで入った大学なので最後まで全うしたいのです」
「もちろんかまいません。ありがとう、とても嬉しいです!」
ティムは満面の笑顔で喜びを表した。月花も釣られて笑顔になるが、もし父親がこのことを聞いたらどう反応するか、不安でならなかった。
「まだ卒業まで時間あるし、親に報告するんはもっと後でええんちゃう?」
優香が月花の悩みを見透かしているかのようにいった。
「え?」
月花は周囲を見渡した。彼女たちが働くコンビニでは勤務中の私語は厳禁とされている。月花は出来るだけ口元が動かぬよう、静かに答えた。
「そうね。プロポーズを受けたと言っても具体的に結婚が決まったわけではないし……」
「そうやで。結婚の話して期待させたら、駄目になった時、親悲しむで」
なるほど、そういう考え方もあるかと月花はうなずく。親がどう思うかなんて今悩むことじゃない。それよりもティムのことを将来の伴侶と見据えて、しっかりと向き合っていく必要がある。
「話は変わるけど……」
まだ私語を続けようとする優香に月花は眉をひそめたが、相手はおかまいなしに続ける。「月花、キネセンのゼミやろ。キツない?」
「たしかに厳しいところはあるけれど、勉強になることも多いから平気よ」
「ふうん。月花、ほんま真面目やなあ。私やったらあんな意識高い系、絶対ついていかれへんわ」
月花は苦笑したが、実は彼女も香芝にはついていけないと思っていたのだ。
三回生となり、キネセンこと木根尚子助教授のゼミに入った。木根は自著を出版し、その世界では名の知れた人物だったがそれだけに厳しかった。
「生半可な気持ちでやってたらアカン。自分の全てを100%出し切る気持ちで課題に取り組みなさい!」
初めはそのような叱咤激励も、頼もしく感じられた。やる気は誰にも負けないつもりであったが、木根の意識の強さに日々気圧されていくうちに、徐々にではあるがモチベーションが失われていったのだった。時折〝中退〟の二文字が頭をよぎる。いやいやと頭を振る。そんな繰り返し。
ティムのことで幸せを感じる一方、大学のことを考えると心がどんよりと沈んでしまう。
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