第5話 カラオケ

 胸の鼓動が収まらないまま、気がつけば放課後を迎えていた進。そして、進の前に瑞稀と悠里がやってくる。


「それじゃ、行こっか」


 そんな悠里の声に頷く進。瑞稀はそっぽを向いている。いつも学校内ではパシられたり、いじめられている進だが、放課後に一緒になる事はあまりなかった。


 普段とは違う歩幅を感じながらも、進、瑞稀、悠里は並んで歩く。悠里と瑞稀が話している様子をじっと見つめる進。すごく綺麗な顔をしている2人と、あの体育終わりの光景が、否応なしに女子とカラオケに行っている事実を進に認識させる。


 じっとりと浮かぶ汗を拭っているうちに、カラオケに到着した。悠里が受付を済ますと、指定された部屋に入る。瑞稀や悠里の手によって奥側の席に座らせられる進。


 瑞稀や悠里も席に座る。しばらくの間、沈黙が流れる。ここで、進は密室であるが故の2人から漂う余りにも良い匂いに気がつく。これで男子は嘘でしょwwwと進の本能は笑うが、理性でぐっと抑える。


 進が良い匂いと闘うこと数分。瑞稀が重たい口を開く。


「あのさ、進。この間のことなんだけど...」


 瑞稀の言葉にひゃい。と返事をしてしまう進。瑞稀と悠里は進をじっと見ている。


「あれはちょっとした手違いというかなんというか...」


 てちがい?進は思わず声を洩らす。そんな進の様子を見て、悠里の頬は少しだけ緩む。お構いなしに話を続ける瑞稀。


「だから、お前はその、ブ、ブラとかも見ただろうけど、あれはその、悠里とノリで学校につけてきちゃっただけで...」


 あまりにも苦し過ぎる言い分に進は歓喜と戸惑いに似た感情を覚える。ふと悠里の方を見ると、ぷるぷると震えながら口元を押さえて笑いを堪えている。


「だから、進。お前は私達を女の子だとか思ったかもしれないけど、全然そんな事はなくて...」


 止まらない瑞稀の言葉に、進の疑念はどんどんと深くなっていくが、その一方で非常にもやもやとしていた。明らかにこの2人は女の子である、それは間違いないと思われるが確信がないのだ。


 もう一度、あの体育の着替えのような光景に出会えたら...。そんな事を思っている間も瑞稀のごまかしは続く。痺れを切らした進は一旦トイレに立つ事にした。


 このカラオケのトイレは、男子トイレ、女子トイレが併設されていた。男子トイレに入り、奥の個室のドアを開ける進。


 すーっと息を吸い込むと、口を押さえ、嘘だ!!と叫んだ。瑞稀のあのガバガバなごまかしに進は耐えきれなかったのだ。少しだけすっきりした進は便座に座り、どうにかしてあの2人が女の子である確信を得られないかと考え続けた。


 しばらくぼーっと考えてはいたが、そんな問いの答えなど出るわけもなく。仕方なく進はトイレから出ようと扉を開ける。


 すると、女子トイレの扉も同時に開いた。おっと、気まずいな。と思いながら相手の方をチラッと見る進。進の目に映ったのは、顔を真っ赤にした一ノ瀬 瑞稀だった。


 一瞬だけ頭が真っ白になる進。しかし、次の瞬間には、脳内に遙かなる太平洋を思わせる大量の快楽物質が溢れ出した。進はニッコリと満面の笑みを浮かべる。


「瑞稀くん。男子トイレはこっちだよ?」


 進の言葉に、瑞稀はあわあわとしながら、目をぐるぐる回している。


「え、あぁー、そっちね。うん、そっちが男子トイレだよな。わかってるよ、わかってるし。違うよ。わた、俺はただ、ちょっと落とし物しちゃって、その、落とし物拾おうとしただけで...」


 そのままの勢いで、ふらふらと部屋に戻っていく瑞稀。ニッコリと満足げな笑顔を浮かべ、一旦男子トイレに戻り、両の手を照明に掲げる進。

 

 神はいる。進はそう思った。




 完全に確信を得ることができた進は、しばらく男子トイレで余韻に浸った後、ゆっくりと部屋に戻っていった。


 部屋に入ると、悠里の膝枕に突っ伏している瑞稀の姿が。


「おかえりー」


 そんな悠里の声に、満面の笑顔でただいま。と答える進。


 進は席に座ると、大きく深呼吸をした。ここの空気は旨い。進は肺いっぱいに広がる素晴らしい香りを堪能していた。2人が女の子だとわかった後の空気はこんなにも旨いのかと感動していると、むくりと瑞稀が起き上がる。


「進。勘違いするなよ。俺も悠里も男だからな」


 涙目で進を睨む瑞稀、そして、そんな瑞稀を優しい表情でよしよしと撫でる悠里。そんな2人に対し、進は満面の笑顔を浮かべ、うん!!とうなずいた。

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