第10話

 パーティーの当日の天気は晴れ渡っていた。

 まるで私の新たな門出を祝っているかのようだ――なんて、巻き戻るまえの、私が嵌められて絶望したときも、いまと同じ天気だったんだけどね。


 パーティー用のドレスをその身に纏い、私はメイド達を連れて部屋を出る。


「あなた達も、施錠したらパーティーに参加なさい」

「いけません、エリスお嬢様。この部屋を完全にするにしたら、不届き者が部屋に侵入するかも知れません」


 私の言葉に反論したのは、フォル。

 ローズマリーお義母様が送ってくれたウェイティングメイドだ。

 事情を理解しているカミラは別として、部屋を空けることの危険性を理解している彼女は頼もしい。さすが、お義母様が選んでくれたメイドである。

 でも、いまはその危機管理能力が邪魔だ。


「たしかに、その可能性はあるわね。でも……今日くらい良いじゃない。今日は、首席合格をした私が新入生代表の挨拶をする晴れ舞台よ。あなた達にも見て欲しいわ」


 無知で愚かな小娘のようにワガママを口にする。それが主の望みだというのなら、メイドの彼女達に反論の余地はない。それでもフォルは難色を示した。


「うぅん……だったら、パーティー後、あらためて部屋を確認したらどうかしら? 少し大変かも知れないけど、あなた達もパーティーに参加したいわよね?」


 有力者達が集まるパーティーは、ウェイティングメイドの彼女達にとっては貴重な出会いの場でもある。そうほのめかせば、流れは私に傾いた。

 こうして、私は部屋を完全に留守にしてパーティー会場に向かうことになった。



 パーティーの幕を開ける新入生代表の言葉は、夢見る少女のように理想を語った。十三歳の少女らしい――あるいは、侯爵令嬢とは思えない、頭の中がお花畑な挨拶。


 続いて、在校生代表が挨拶をする。

 代表は――第二王子、アルノルト殿下。

 かつて、私の婚約者となった王子様。


 代表として挨拶をするとき、すれ違い様に彼と目があったような気がした。

 けれど……気のせいだろう。

 いまの私と彼に接点はない。あったとしても、復讐を願う私には関係のない話だ。


 そうしてパーティーは開催され――ほどなく、ワイングラスの割れる音が響く。新入生の父兄が口にしたワインに、トリアの涙が混ぜられていたことに気付いた者がいたのだろう。


 幸いにして毒は微量で、なにもしなくとも体調を崩すこともないだろうとのこと。だが念のために、ワインを口にした者には解毒剤が与えられた。

 気付くのが早かったこともあり、大事には至らなかった。だが、王族までもが参加するこのパーティーで、ワインから毒が検出されたことで大騒ぎになる。


 王命によって、参加者は全員がその場に足止めされ、すべてのフロアが王族直轄の騎士によって封鎖された。私達も当然、その会場に足止めである。


 そして始まるのは持ち物検査――だが、ここには有力な貴族達が大勢いる。そんな彼らに疑惑の目を向けることは大きな問題になりかねない。

 どうしたものかと微妙な空気が流れる中、アンジェリカが口を開く。

 ――直前、ローズマリーお義母様が口を開いた。


「王族もいらっしゃるこの場で毒を盛るなど決して許されぬこと。自らの潔白を晴らすためにも、ウィスタリア侯爵家は進んで検査に応じましょう」


 そのセリフは、私がお義母様にお願いしたことだ。それを切っ掛けに、慌てたようにアンジェリカの母、アルトゥール公爵夫人が同意し、ようやくアンジェリカもそれに追随する。

 私はその後に続いた。


 こうして、参加者達の持ち物検査が始まるが――当然、トリアの涙は発見されない。

 続けて、学生の部屋の捜索が開始された。

 私も王国騎士団の者に、部屋を捜索する許可を求められた。


「私のメイドが立ち会いの下であればかまいません」

「無論、問題はありません。部屋の捜索は女性の騎士にさせましょう」

「お気遣いに感謝いたします。では、彼女を連れて行ってください」


 事情を知らないフォルを指名する。

 それにフォルは応じ、代わりに騎士が不思議そうな顔をした。


「それはかまいませんが、連れていくというのは? 部屋には誰もいないのですか?」

「ええ、今日の晴れ舞台をメイド達に見て欲しかったものですから」


 私が無邪気に笑えば、騎士は少しだけ表情を動かした。あまり顔には出ていないが、危機管理能力の欠如したお嬢様だとでも思ったのだろう。

 ともかく、彼はフォルを連れて行った。


 こうして、それぞれの部屋の捜索が始まる。

 それに要する時間はおよそ数時間。安全を確認された飲み物や料理が用意されるが、ほとんどのものは口を付けようとしない。私はそんな者達を眺めながら、軽く食事を取った。

 何人かの学生達が呆れ眼を向ける。


 そんな分かりやすい反応を見せる相手はなんの害もない。本当に怖いのは――と、視線を走らせれば、ちょうど澄まし顔のアンジェリカがやってくるところだった。


「ご機嫌よう、エリス様」

「ご機嫌よう、アンジェリカ様」


 穏やかな表情で挨拶を交わし、心の中でこの女だけは絶対に許さないと憎悪を滾らせる。おそらくは相手も私のことを気に入らないとでも考えているのだろう。

 彼女は見慣れた仕草――扇で口元を隠して笑った。


「新入生の歓迎パーティーで毒を盛る方がいるなんて、恐ろしいとは思いませんか?」

「まったく、アンジェリカ様の仰るとおりですね。許しがたい悪事です。この捜索で犯人が見つかるといいのですが……」

「そうですね。王族直轄の騎士達はみな優秀だと聞いていますから、きっと、なにか証拠を見つけてくださるはずですわ」


 証拠、ねぇ……と内心で笑いながら、神妙な顔で頷いた。


 ほどなく、騎士達を連れたアルノルト殿下がパーティー会場に姿を現した。まだ捜索が始まって間もないが、なにか進展があったのだろうかと、会場がにわかに騒がしくなった。

 そんな会場の前列にいるのは高位貴族の娘である私達。

 すぐ近くで、アルノルト殿下が口を開いた。


「調査に進展があった。ただし、あくまでそういう物証が見つかったと言うだけのこと。詳しい調査は、当人を個別に呼んでおこなう予定である」


 再び周囲がざわめいた。

 そして、アンジェリカが、まるで親しげな友達のように語りかけてくる。


「どうやら、相当な大物が犯人のようですわね。だからこそ、その者が犯人だと断定は出来ない、なんて前置きをしたのでしょ。物証があれば、本来なら明らかなはずですもの」

「ええ、本当に、アンジェリカ様の仰るとおりですわね」


 神妙な顔で頷けば、アンジェリカは扇で口元を隠した。その下に隠れているのは、あの品のない、嫌らしい笑みだろう。そしてその笑みが――


「アンジェリカ・アルトゥール。別室まで同行して欲しい」


 扇で隠せないほどに醜く歪んだ。

 

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