第9話
部屋に戻った私はすぐ、お義母様宛てに、ちょっとしたお願いを書いた手紙をしたためた。
「カミラ、この手紙をお義母様に送ってちょうだい」
「かしこまりました。それと……」
カミラが声をひそめる。他人には聞かせられない内容だと察し、私は手で合図を送って他のメイド達を下がらせた。すぐに、メイド達が部屋を退出していく。
「……アンジェリカの侍女から接触があったのね?」
「ど、どうして分かったのですか!?」
目を白黒させるカミラをまえに、私は自分の思惑が成功しつつあることを理解する。
巻き戻るまえは、ワインに仕込まれたのと同じ毒、トリアの涙が入った薬瓶がいつの間にか私の部屋に仕込まれていた。そのときの内通者が誰かは分からない。
だけど、いまの内通者はカミラだ。
私の部屋に毒を仕込むなら、カミラを呼び出すと思っていた。
「カミラ、その呼び出しに応じなさい。それと……これを渡しておくわ」
「珍しい形の薬瓶ですね。中は……空のようですが」
「わずかにトリアの涙が入っているわ。アンジェリカの部屋に仕込んできなさい」
「かしこまりました――って、はっ!?」
カミラが素っ頓狂な声を上げる。
「侍女を通して、アンジェリカから指示があるはずよ。でも、本当にアンジェリカの指示か確認したいと食い下がりなさい。そうすれば、彼女の部屋に招かれるはずよ。外で会って、私のレディースメイドと彼女自身が接触するのを誰かに見られる危険は避けたいはずだもの」
「いえいえいえ、どうやってアンジェリカ様の部屋に入るかも問題ですが、そんな真似をしたら真っ先に私が疑われるじゃないですか!」
「あら、私に逆らえる立場だったかしら?」
「それ、は……」
カミラの顔が青ざめた。
どちらにしても破滅だと、そう思ったのだろう。
だから私は彼女に光明を示す。
「心配しなくても、私の言うとおりにすれば、貴女に掛かる疑惑はかなり低くなるわ。少し耳を貸しなさい」
「え、あの……」
「いいから、言うとおりにする!」
「――ひゃわっ」
カミラの腕を摑んで引き寄せ、更には壁に手を突いて逃げられないようにする。その上で、私は彼女の耳に囁きかけた。これから起きることと、私の計画の一部を。
カミラはびくりと身を震わせ、それから大きく目を見張った。
「……そ、そんな、それは本当のことなんですか?」
「さぁね。確率は高いと思ってるけど、違う展開になるかもね。でも、安心なさい。そのときの対策はちゃんと考えているから。とにかく、呼び出しに応じて、その瓶を仕込んできなさい。あ、指紋は付けないように気を付けなさいよ?」
釘を刺し、カミラを送り出した。
そしてしばらくすると、青ざめた顔のカミラが戻ってきた。再び人払いをしつつ、私の予想が外れたのか、それともなにか失敗したのだろうかと眉をひそめた。
だけど、カミラの口から紡がれたのは、私の予想するどの言葉でもなかった。
「エリスお嬢様は……一体、何者なのですか?」
「無知で愚かな小娘だと言ったはずだけど?」
「無知で愚かな小娘は、アンジェリカ様の企みを完璧に予見したりしません!」
その瞳は怯えているように見えた。
どうやら、彼女の様子がおかしかったのは、私が未来を言い当てたことにあるようだ。
「声を抑えなさい、カミラ。貴女がそう言うということは、アンジェリカは私の予想通りに動いたということね。薬瓶はちゃんと仕込んできた?」
「……それは、はい。エリスお嬢様の仰るように仕込んできました。新しい部屋で、当面は大掃除をされることもありません。しばらくは見つからないでしょう。ただ……」
カミラはそう言って、震える手で液体の入った小瓶を取りだした。もっともポピュラーで、誰でも入手出来る小瓶。私が最近、薬を入れるのに使い始めたのと同じ小瓶である。
「それを、私の部屋に仕込むようにと言われたのでしょ? 中身は聞かされている?」
「いえ、でも、匂いを確認しました。これは、おそらく……」
「トリアの涙ね?」
「は、はい」
予想通りの答えだ。
ここまで、巻き戻るまえと問題になるような差異はない。
私は予定通りに計画を実行することにした。
「仕込んでかまわないわよ」
「……よろしいのですか?」
「あら、私を心配してくれているの?」
「そ、それはだって、お嬢様になにかあれば、私も一蓮托生ですから」
「そうね、分かってるわ」
カミラは私の忠実な部下じゃない。ただ脅されて、私に逆らえないだけだ。言われなくても分かっていると笑えれば、カミラは少しだけ視線を落とした。
「あの、お嬢様。この小瓶、お嬢様の薬を入れているのと同じ小瓶ではありませんか?」
「そうね。だから……」
私はカミラから小瓶を取り上げ、綺麗に指紋を拭ってから薬箱に混ぜた。同じ瓶を使っているため、私の薬と見分けが付かなくなった。
「これが見つかれば、どう思われるかしら?」
「……誰かが、エリスお嬢様を毒殺しようとした、ですか?」
「そうね、真っ先に前科のあるカミラが疑われるでしょうね」
「お、お嬢様!?」
カミラが目を見張った。
「冗談よ。貴女のことは私が庇うし、犯人は外部の人間という形に持っていくつもりよ」
「ですが、パーティーに参加する父兄が飲むワインからも、微量の毒が検出されるのですよね? 毒を所有するお嬢様に疑いが向きませんか?」
「そこは私の演技次第ね。まぁ見ていなさい」
――復讐はこれからよ。
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