第7話
◆◆◆
エリス暗殺未遂事件は、エリスの盛大な勘違いという形で幕を引いた。だが、ローズマリーに仕える一部の者は、それが事実ではないことを知っている。
事態を収拾した翌日の朝、ローズマリーの腹心達が主の部屋に集まった。そして腹心の筆頭であるアイラが、頭を下げていた。
「申し訳ありません。私の失態で、お嬢様があの場に向かうのを止められませんでした」
「かまわないわ。おかげで、面白い物も見られたし」
「……面白い物、ですか?」
首を傾げるアイラに、ローズマリーは昨夜の出来事を話した。
「まさか、そのような事態になっているとは……カミラを自由にしてよかったのですか?」
「心配しなくても、カミラには監視を付けているわ」
「監視を付ければいいというものではありません。なぜ、エリスお嬢様の戯言をお聞き入れになったのですか? まさか、信じた訳ではないでしょう?」
理解できないと咎める。
アイラは、ロードリックがローズマリーとともに育て上げた忠臣である。ローズマリーと同じ環境で教育を受けていた彼女は、主であるローズマリーに対して容赦がない。
「あの場にいなかったアイラがそう思うのも無理はないわね。でも、エリスは戯言を言った訳じゃないわよ。だって、エリスはこう言ったんだもの。トリアの毒が入れられているように感じたのは、私の気のせいだった――ってね」
「……待ってください。トリアの毒と、そうおっしゃったのですか?」
「ええ、そうよ。不思議でしょ?」
カミラが薬とすり替えたのは、たしかにトリアの毒だった。だがそれはローズマリーの命を受けたアイラが、ただの睡眠薬とすり替えている。
なので、エリスが飲んだのは、普段の薬と似たような味の睡眠薬。トリアの毒とは、決してエリスの口から出るはずのない名前だった。
それに気付いたアイラが目を見張る。
「……まさか、カミラがトリアの毒を用意したことに気付いた上で、エリスお嬢様はその薬を飲んだというのですか!?」
そんな馬鹿げたことをするはずがないと否定する。だが、ローズマリーは、それが事実であると補強する証拠を持ち合わせていた。
「彼女を看病したウェイティングメイドによると、エリスがトリアの毒に有効な解毒剤を服用した形跡があったそうよ。だから十中八九、トリアの毒が盛られると予想していたわね」
「一体、なぜそのような真似を……」
「不思議よね。私も最初は分からなかったわ」
「……最初はというと、いまは分かった、ということですか?」
ローズマリーは微笑んで、手元にある封筒に視線を向けた。それは、エリスが預かって欲しいと、朝一でローズマリーに手渡した封筒だ。
その中身が、カミラの供述書であることを知っているのは当人とローズマリーだけである。
「あの子は今回の一件を逆手にとって、カミラを自分の駒にするつもりよ」
「まさか、脅迫して、ですか? いくらなんでも無謀すぎます」
「まぁ、そうよね。私もそう思うわ」
「思うわ、ではありません。ならばなぜ、そのような真似を認めたのですか! エリスお嬢様を危険に晒す行為ではありませんか」
ローズマリーは、亡くなったロードリック侯爵より、エリスのことを託されている。
未熟なエリスを護って欲しい、と。
ローズマリーがその意思を受け継いでいることは腹心達の知るところだ。だが、だからこそ、なぜエリスにそのような危険な真似をさせるのかが理解できなかった。
「ローズマリー奥様は、エリスお嬢様を疎んでいらっしゃるのですか?」
もしそうなら、家臣として行動の指針を変更しなくてはいけない。
そう思うけれど、ローズマリーは即座にそれを否定した。
「たとえ血が繋がらなくとも、あの子は私の可愛い娘よ」
「ならばなぜ、そのように危険な真似をするのを容認なさったのですか?」
「それがあの子のためだと思うから」
「過酷な状況に向かうのを容認するのが、ですか?」
「ロードリックを失ったウィスタリア侯爵家は、既に過酷な環境にあるわ。あの子自身が成長しなければ、このさきを生きていくことは出来ないでしょう?」
「だから、成長の機会を与える、と?」
ローズマリーの決断に、家臣達は疑問を抱いた。
果たして、そこまでする必要があるのだろうか――と。
この時点で、ウィスタリア侯爵家の状況を正しく理解している者は多くない。
だが、ローズマリーが必死にエリスを護ろうとした結果が、巻き戻るまえの結末だ。失われた未来を知るエリスだけが、ローズマリーの選択が正しいことを知っていた。
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