第4話

 目が覚めると、ベッドの天蓋が目に入った。そうだ、毒を盛られた後、私はベッドで医師を待っていて、そのまま意識を失って……もしかして、また巻き戻ったの?

 そう思って周囲を見回すと、窓の外には星空が広がっていた。


 少なくとも、一度目に巻き戻った朝とは違う。

 と言うか……すっごく眠たい。

 この感覚、知ってるわ。


 寮生活を送っていた頃の私は、眠れない日に睡眠薬を使うことがあった。それで、まだ薬が残っているときに寝覚めたときの感覚に凄く似ている。

 ……もしかして、私が盛られたのって睡眠薬?


 でも、カミラが用意したのは毒薬だったはずよ。

 なのに、どうして睡眠薬だったの?


 辻褄が合わない。

 他の誰かが私に睡眠薬を盛ったのなら、カミラがいなくなるはずがない。


 だとすれば……あぁ、そっか、そういうことか。

 私に睡眠薬を盛ったのはローズマリーお義母様だ。カミラの用意した毒を、お義母様が睡眠薬にすり替えた。私を眠らせ、そのあいだにすべてを片付けるために。


 きっと、これは巻き戻る前にもあった状況だ。

 ローズマリーお義母様は私を眠らせ、貴方が仕込んだ毒のせいでエリスが倒れたとカミラを糾弾し、私が目覚めるまえに彼女を排除した。


 だけど、巻き戻る前とは違うことがある。私が異物の混入に気付いて騒ぎになったことと、異物の混入に気付いて薬を最後まで飲まなかったことだ。


 睡眠薬を少ししか飲まなかったことで、私は深夜に目覚めた。

 いまなら断罪のまえに間に合うはずだ――と、私はベッドから降り立った。部屋を出ると、扉のまえを護る騎士と、ローズマリーお義母様の腹心ともいえる女性の従者が控えていた。

 たしか……名前をアイラと言ったはずだ。


「エリスお嬢様、倒れたと聞いて心配しておりましたが、お目覚めになったのですね。何処か辛いところはございませんか」

「ええ、おかげでもう大丈夫よ」

「そうですか。ですが、念のためにもう少しお休みください」


 まぁ……そうよね。

 お義母様なら、私が目覚めたときの備えも怠らないわよね。


 アイラは、私をここに足止めするために派遣されてきたのだろう。ローズマリーお義母様がカミラを断罪する現場に、間違っても私が足を運ばないように。


 ただ、巻き戻るまえの私は、薬に異物が混入していたことにすら気付かなかった。だから、カミラが毒を仕込んだなんて夢にも思わなかったけど……いまは違う。

 これでカミラがいなくなれば、私がカミラを疑うのは必然だ。


 ……どうするつもりだろう?

 なんて、ローズマリーお義母様ならどうとでもしてしまうでしょうね。

 私を極力傷付けないようにするなら、犯人は別に用意して、カミラは薬の管理を怠ったことの責任を取って辞職した――ということにでもするだろう。


 さて……困ったわね。


 お義母様が私のためを思って行動してくれていることは間違いない。だけど、彼女に護ってもらうだけの私じゃダメだ。そのためには、カミラを排除されては困る。

 ここから抜け出す必要があるのだけど……と、私は周囲を観察する。


 扉のまえを護るのは、いつもの騎士達だ。

 おそらく、お義母様の思惑を知っているのはアイラだけ。

 となると……


「そうね、貴方の言うとおりね。でも、少し喉が渇いたから、食堂に飲み物を取りに行くわ」

「……エリスお嬢様。そういうことには使用人をお使いください」

「そうなのだけど、なぜか側にいなかったのよ」


 私の何気ない――を装った一言に、アイラが視線を泳がせた。カミラはいまごろ、ローズマリーお義母様に拘束されている頃だろう。

 彼女の居場所を聞かれたら困るのはアイラの方だ。

 だから彼女はこう言うしかない。


「それなら私がメイドに言付けましょう」


 ――と。

 私は少し驚いた振りをして首を傾げた。


「貴方が、ですか? 従者の貴方にそのようなことを頼んでもよろしいのでしょうか?」

「ちょうど用事がありましたのでついでです」

「……そうですか。では申し訳ありませんが、貴方にお願いしますね」


 私はそこで引き下がり、扉の中へと引っ込んだ。そこから六十秒ほど数え、なに食わぬ顔で扉の外へ出る。アイラはおらず、護衛の騎士が二人だけ残っていた。


「エリスお嬢様、どうなさったのですか?」

「やはり少し散歩をしようと思いまして」

「散歩……ですか? しかし、アイラ殿が飲み物を届けてくれるのでは?」

「そうですね。ですので、あなたがたは残って伝言をお願いします」

「いえ、我々はお嬢様を護衛いたします」


 ここまでは予想通り。だから私は「では、貴方は残ってアイラさんに伝言を。護衛は貴方にお願いします」と、二人の内、片方だけを護衛として伴うことにした。


 こうして、部屋を抜け出すことには成功。私の行動を阻む供も一人にまで減らすことが出来たけれど、ここから一人になる方法は考えていない。

 さて……どうしよう?


 こんなとき、お義母様ならどうするかしら?

 ウィスタリアの魔女と呼ばれたお義母様の手口は嫌というほど知っている。なぜなら、お義母様を当主代理の座から引きずり下ろそうとして、何度もぶつかったから。

 お義母様には及ばないけれど、手口を模倣することくらいは可能なはずだ。


 それらの手口を思い浮かべ、護衛の騎士に使える手を考える。

 彼の名前はラファエル。騎士爵を持つ護衛騎士で、私が破滅する直前まで、ローズマリーお義母様に排除されることなく私に仕えていた。

 なら……


「そういえば……ラファエル郷には妹がいるそうですね」

「はい、よくご存じですね」

「風の噂で耳にしましたの。なんでも、就職先を探しているとか……?」


 爵位というのは、後継者だけが受け継げるものだ。

 ウィスタリア侯爵家のような有力貴族であれば複数の爵位を持っており、それを後継者以外の子供に継がせることも珍しくないが、それはあくまで例外だ。


 つまり、下級貴族の家に生まれた後継者以外の子供は、わりと将来の不安を抱えている。それを踏まえて、彼の妹に対して就職先の世話をしてもかまわないとほのめかしたのだ。


「たしかに、私の妹は就職先を探していますが……恐れながら、なぜ、いまこのタイミングで、そのような話題を口になさったのでしょうか?」

「分かりませんか? もし貴方が分からないというのなら、この話はここまでです」


 ラファエル郷が警戒心を露わにする。

 でもそれでいい。

 私が求めているのは信頼ではなく、利害の一致による協力関係だから。


「……私に、なにをお望みでしょう?」

「難しいことではありません。いまから私の取る行動を黙認してください。そうすれば、貴方の妹さんが望みの就職先にいけるように世話をいたしましょう。私の名での紹介状なら、大抵の就職先で通用するはずですよ?」


 魔導具の灯りに照らされながら、私は小さな笑みを浮かべて見せた。それは、ローズマリーお義母様がよく浮かべている妖しい微笑みを意識したものだ。

 その効果は抜群だったようで、ラファエル郷はゴクリとつばを飲み込んだ。


「……質問を、お許しいただけるでしょうか?」

「もちろん、かまいません」

「その行動とは、他人を害するものでしょうか?」

「……そうですわね。どちらかといえば……人助けでしょうか?」


 目的は、カミラを脅迫して手駒にすること。本来なら破滅する相手なので、人助けと言っても嘘にはならないだろう。

 そして、嘘ではない、ということが重要なのだ。


「もしも私の言葉が嘘だったなら、貴方は約束を反故にしてかまいません。ただし、私の言葉が嘘と確認できない限りは、私の行動を黙認していただきます」


 共犯者として――とは、声に出さずに呟いた。

 そして彼は、そんな私の心の声には気付かず、「そういうことであれば従います。妹のこと、よろしくお願いします」と頭を下げる。


 こうして、黙認を決意したラファエル郷を従え、薄暗い廊下を歩く。しばらく歩いた私は、応接間の入り口から灯りが漏れているのを見つけた。

 

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