第3話
こうして、お父様を見送る告別式は無事に終わった。
やり直しの人生ではお義母様を護ると誓ったけれど、目標は他にもある。それは、私を嵌め、お義母様を死に追いやった連中に復讐すること。
そうすることで、お義母様が私の身代わりになる未来は回避できる。
そして、もう一つ。
私達を貶める謀略の余波を受けた人々を救うことだ。
その第一号として私がターゲットに定めたのがレディースメイドのカミラだ。私より七つ年上なので、お父様が亡くなったばかりのいまは十九歳。
十六のときより私に仕えてくれている、もっとも信頼できるレディースメイド。
その彼女が、いまから数日中に失踪する。私が聞かされたのは、彼女が急に結婚することになって実家に帰ったという報告のみで、当時からおかしいと思っていた。
その直後、ローズマリーお義母様が当主の地位に就くと聞かされて、私の信頼するレディースメイドを、ローズマリーお義母様が排除したのだと思っていた。
でも、私を護るローズマリーお義母様がそんなことをするはずがない。おそらく、カミラの身になにかあったのだろう。それも、私が知れば悲しむようななにかが。
そして、私を傷付けないために、お義母様は見え透いた嘘を吐いた。
もう、お義母様にそんな嘘は吐かせない。
カミラを救う為にも、彼女を密かに見張ることにした。
そうして事件が起こったのは、こっそり彼女を見張り始めた三日後のことだった。中庭に足を運んだ彼女に、不審な男が接触したのだ。
……しまったわね。
まさか、こんな風に接触してくるなんて、護衛の一人でも連れてくればよかったわ。
私はてっきり、買い物に出掛けたカミラが、人攫いに会う――とか、そんな可能性を考えていたので、城の中でなにかが起こるとは思っていなかった。
でも、いまにして思えば、城内で殺される可能性も零じゃない。
想定が甘かった。
もし、男が刃物かなにかを出せば、そのときは悲鳴を上げよう。
そう方針を決め、成り行きを見守った。
だが、男が懐から取り出したのはナイフなんかではなく、液体が入った琥珀色の小瓶。それは、病弱な私が子供の頃から飲んでいる薬の入った小瓶だった。
男はそれをカミラに手渡した。
ある仮説が思い浮かぶが、断定するのはまだ早い。私は身を潜めたまま、二人がこの場を離れるのを待った。そうして、立ち去る二人の内、カミラの後を追い掛ける。
彼女が向かったのは、彼女自身の私室だった。
彼女は一度部屋に戻り、それからほどなくして何処かへと去っていく。それを見送った私は、意を決して彼女の部屋へと忍び込んだ。
「……思ったよりもなにもないわね」
シンプルと言うよりも質素という言葉が相応しい。
子爵家の三女でしかない彼女は決して裕福な出自ではないが、ウィスタリア侯爵令嬢のレディースメイドという地位は、それを補ってあまりあるほどの地位である。
私が信頼していたこともあり、彼女には十分な報酬が与えられていたはずだ。
私自身、主として彼女にプレゼントを贈ったことも少なくない。
にもかかわらず、それらが何処にも見当たらなかった。
「……っと、それどころじゃなかったわね」
私はカミラが何処かにしまっているはずの小瓶を探す。そうして見つけ出した小瓶は、引き出しの奥、四つ葉のクローバーを押し花にした栞と共にしまわれていた。
やっぱり、私が普段飲んでいる薬と同じ小瓶だわ。どうして、彼女が私の薬を……と、不思議に思いながらも蓋を開け、そっと匂いを嗅いだ私は目を見張った。
わずかに香る甘い匂い――だが、それは甘味の類いではない。
トリアの涙。
貴族の子供が授業で最初に習う、致死性のある毒だ。入手は難しくない反面、匂いや味でバレやすく、解毒薬も出回っているためその毒でなくなる可能性は低い。
主に、貴族が脅しに使うときに用いる毒である。
ここから導き出される、カミラが消えた理由は明らかだ。
カミラは本当に、ローズマリーお義母様の手によって排除されていたのだ。ただし、私に対する嫌がらせなんかではなく、私を害そうとした敵として。
それを確認した私は天を仰いだ。
彼女がやって来たとき、私は八つで、彼女は十五歳の頃だった。
それから四年。私は彼女をもっとも信頼できるレディースメイドとして慕っていた。
だけど――
なにが、もっとも信頼できるレディースメイドだよ。そのメイドに毒殺されそうになっているじゃない。私の頭の中は、一体どれだけお花畑だったんだろう。
あらためて認めよう。
何度も認めたつもりだったけど、それでも認識が甘かった。
私は自分が思っているよりずっと、未熟で愚かな小娘だ。
いまのままじゃ、復讐なんて夢のまた夢。お義母様を護ることだって出来やしない。人生をやり直しただけじゃダメだ。私自身が変わらなくちゃいけない。
私は両頬を叩き、自らに活を入れた。
いまの私が信じられるのはお義母様だけだ。他の人間に気を許しちゃいけない。
まずはその事実を受け入れよう。
でも、私には、目的を果たすための味方が必要だ。
どうすればいい?
お義母様を頼る訳にはいかないけど、私一人で出来るコトは限られている。どうにかして、私の味方となる人間を見つける必要がある。
……あぁ、そうだ、真似ればいいんだ。
私を陥れた人達のやり口を。
そう決意した私は一芝居打つことにした。私は解毒剤を用意した上で毒を呷り、証拠を押さえる、あるいは証拠を捏造してでもカミラを犯人として脅迫する。
そうして、決して私を裏切れない手駒にするのだ。
そのためには、私が毒を飲まされる必要がある。
そう決断して、小瓶をそっと元の場所に戻す。そのとき、再び隣に置かれている栞が目に入った。懐かしい――だけど、いまとなってはどうでもいい過去の遺物だ。
私はすべてを元通りにして、カミラの部屋から抜け出した。
問題は、ローズマリーお義母様に気付かれずに成し遂げられるかどうか。
だけど、思いだしたことがある。私はお父様が亡くなった数日後、そして、カミラがいなくなる前日、食後に急に眠ってしまったことがあった。
メイド達には、疲れが溜まっていたのだろうと言われ、私もそれを信じていた。
だけど……違う。
きっとあの日、私は毒を飲まされて昏睡状態に陥ったのだ。そして、私が眠っているあいだに、ローズマリーお義母様がカミラを排除した。
これがきっとコトの真相。
つまり、毒を飲まされた直後、解毒剤を飲んで事態を収拾すればいい。毒を飲むなんて怖いけど、目的を果たすために手段は選んでいられない。
という訳で、その日の夜。
食事を終えた私の下に、ウェイティングメイドの一人が薬の入った小瓶を持って来た。さり気なく視線を向ければ、奥で控えるカミラの表情にはわずかな緊張が見て取れる。
「エリスお嬢様?」
「なんでもないわ、ありがとう」
ウェイティングメイドから小瓶を受け取り、何気ない仕草で眺める。
これが、カミラの用意した毒かどうかは見ても分からない。
でも、間違いないはずだ。実際に飲んで毒であることを確認し、解毒剤を飲んだ上でカミラが毒を仕込んだという証拠を押さえ、密かにカミラを脅迫する。
そう覚悟を決めて、小瓶の中身を呷り――
「――んぐっ」
一口飲んだ直後に瓶を投げ捨てた。小瓶に入っていたのは、私が事前に確認した毒じゃなかった。いつも飲んでいる薬に似た、でも明らかに違うなにか。
「エリスお嬢様、どうなさったのですか!?」
「薬の味がいつもと違うわ」
あり得ませんと、真っ青になったのは、私に薬を手渡したウェイティングメイド。すぐに彼女は飛び込んできた護衛の騎士に拘束され、カミラが医師を呼びなさいと叫んだ。
私はすぐさま寝室へと運ばれた。
そのあいだにこっそり、念のためにと解毒剤を口にした。
でも、飲まされたのは私の知っている毒じゃなかった。
解毒剤が効くかどうかは微妙なところだ。
なにかがおかしい。
そう思うけど、ほどなくして意識が遠くなってきた。
「だめ……なにも、考えられない……」
「お嬢様、すぐに医者がまいります。だから、それまで気をたしかにしてください!」
心配するメイド達の声と、少しだけ悲しげなカミラの面持ち。
それらをよそに、私の意識は闇へと沈んだ。
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