九百八十七話目 準備のいい
巨人族がそもそも丈夫であることは当然として、その中でも上位の数名には身体強化を使うものもいる。
その練度はアルベルトたちと比べると遥かに劣るものであるが、元の丈夫さや膂力を加味すると脅威である。
単純な質量を利用しての攻撃は、アルベルトたちがいくら力が強くとも受け止めることは難しい。
ハルカが対応できているのは、反対側に障壁という支えを用意したり、空を飛ぶのと同じ仕組みで逆べくとるに力を込めているからである。
それを理解している三人は、巨人たちと武器を交えずに、回避と接近に専念した。まずは力比べといきそうなアルベルトだが、流石に勝負にならないところで勝負する気はない。
結果どうなったかと言えば、勝負がつかなかった。
互いに有効な一打を与えるためには、体の一部や命を落とすような一撃を加える必要がある。
アルベルトとガーダイマのどっちが勝ったかという不毛な論争を見た残りの四人は、バカらしくなって訓練をすることをやめた。
戦いというのはやはりこれだけ大きさが違うとなかなか成立しないものである。成立していたように見せたハルカの能力が異常なのだ。
二人の言い争いは、それぞれバンドールの「見ているだけで恥ずかしいからやめい」という言葉と、コリンによる「あー、もう終わりったら終わり!」という言葉によって幕を引くことになった。
「あのまま続けたらアルの負けだったかな」というのはイーストンの言である。本人には伝えられていないが、悔しそうに退散したアルベルトの顔を見れば、多少の自覚があるらしいことがわかる。
この日以来、アルベルトがハルカとする訓練がより過激になったのも仕方がないことである。
一部以外は穏やかなままに巨人たちと別れ、翌朝ハルカたちはコボルトたちの元へ出発した。中洲の山脈に住むコボルトの方が距離としては近いのだが、約束があるので先に向かうのは平原のコボルトたちの元だ。
地下生活からおさらばしたいと言っていたので、早くいい知らせを伝えてやりたいところである。
途中帰路に着く巨人たちの頭上を抜け、巨人が家畜としているというベフマスという生き物の群れも見た。
ナギの半分くらいの大きさで、鼻の短い象のようであった。図体の割に臆病なようで、頭上にいるナギに気づくと地面にうずくまり岩のように動かなくなってしまった。
灰色の肌をしているから、遠目から見たら区別がつかないかもしれない。
先頭を歩いていた巨人の牧人らしき人は、杖を振る。しかし彼もナギに気がつくと、その手を止めてあんぐりと口を開け、空を見上げるのだった。
巨人の領内でもう一泊し、翌日の昼過ぎ頃にコボルトたちの住まいへやってくる。
ナギが地面に降りるとそこは当然のようにシンと静まり返っていた。巣穴、というか家の穴はすっぽりと蓋をされてしまっている。
そんなことをしなくてもハルカたちが入っていくのは難しい。モンタナならばするりと入り込めるかもしれない、くらいの狭い入り口である。
「さて、どうしましょうか」
選択としては黙って待つか、事情を説明して回るかである。
以前話したコボルトたちが全体に話を通してくれていれば、そのうち出てきそうなものだが。
「入り口壊す」
「人の家を壊すのは良くないですよ」
「どうせ引っ越すんだからいいだろ」
「……びっくりさせちゃうのでやめときましょうか」
確かに引っ越すのであればこの穴は誰も使わなくなるかもしれないのだが、それはそれである。
じろりとたくさんの蓋をされた穴を見たレジーナは、不満そうに鼻息を出して地面にあぐらをかいた。
持久戦になるだろうと判断したハルカたちは、適当に周囲を整えてのんびりと過ごしていた。近くには沢が流れているし、食べられるような小動物も暮らしている。
正直なところ、多種族の脅威さえなければなかなか暮らしやすそうな場所だ。
そんなこんなで夕暮れ時になったころ、どこかともなく高いくぐもった声が聞こえてくる。
おそらく地面の下からなのだが、あちらこちらから聞こえてくるせいで具体的にどこからという判断が難しい。
やがてぱかっと穴の入り口が一つあいて、見覚えのあるコボルトが顔を覗かせた。
「今行くから!」
大きな声で言った白いコボルトは、途中まで体を出して何かを穴に引っ掛けてその場にぺたんと座る。
「あれ、よっ、えっと、えい」
そのコボルトは、ぐいぐいと幾度か上半身を動かした挙句、急にスポンと穴から抜けて地面を転がった。
大きなリュックサックが穴に突っ掛かり、外に出るのを邪魔していたようである。
「今行くから!」
もう一度大きな声で宣言し、たったかと駆け寄ってくる。
そうして驚いたことに、白いコボルトに続くように、後ろからわらわらとあちこちの穴からコボルト溢れ出してくる。
「あ、あの、みんなついてきていますけど……」
「引越しの用意してあるよ! みんな行くって!」
「あ、はい。えーっと……、え?」
ハルカはまだ新天地の用意ができたとも言ってないし、事情の説明も何もしていない。
ここにきてただコボルトたちが出てくるのを待っていただけである。
「お日様出るところ住めるんでしょ! みんな行くよ! 準備ちょっと時間かかっちゃった、ごめんね!」
ずらりと並ぶコボルトが数百人。いや、それ以上。
それらの全てが、それぞれ荷物を持ってハルカたちのことをじっと見つめていた。
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