九百八十六話目 勢力範囲
ハルカは杖を腰から抜くと、地面に突き立ててずりずりと線を引いていく。
この魔法の杖をハルカはいつもそのまま、杖として使っていることが多い。
藪の中を漁ったり、歩く時の支えにしたりと手ごろでいい長さに仕上げてあるのだ。
魔法の杖としての性能は非常に高いのだが、それよりも特別に丈夫なことこそがハルカにとってはありがたい。加工したモンタナもそれでいいと思っているので、特に誰も損はしていない。
強いて言うのならばこれが真竜の牙とディセント王国の国宝の一つによって作られたものであり、その市場価値をハルカが知ったならば驚いてひっくり返るかもしれないというくらいだ。
「何を描いてる?」
「ここ、私たちが〈混沌領〉とよぶ半島の地図です」
グデゴロスの問いかけに対して、ハルカはそこにさらに線をいくつか描き込んで解説をする。
「南のこの広い地域が、巨人族の皆さんが治めていた領土です」
「おう、中々広いもんだな」
満足げなガーダイマは顎髭を撫でながら頷く。
「私たちの拠点が西の端、ここより西は人族の領土になります。そこから山へ向かうとリザードマンとハーピーが住む里。山を越えて森を抜けるとコボルトが住んでいる平原。ここまで大丈夫でしょうか?」
「ふぅむ、これと我の話に何の関係がある」
「ええと……、ですね。さらに東へ抜け、砂漠地帯の南にリザードマン、その南東の草原にケンタウロス、そして最も東にコボルトの住む〈ノーマーシー〉の街があります。ここを、つい先日まで吸血鬼の王であるヘイム=ケイネ=グブ=カルダスが治めていました」
「……待て、確か陛下は」
「はい。吸血鬼からコボルトを解放し、街は仲間のニルさんに……、それからウルメアに任せてきています」
「ふぅむ……、我らの一族の若者がそいつらの仲間にたぶらかされたこともあったのだが……。いらん心配であったか」
バンドールは唸りながら感心したようにハルカのことを見た。
「そういうことになります。話に聞いたところによると、ガーダイマさんの領土の山中にもコボルトが住んでいるとか?」
「おう、なんかおるな。街へ連れて帰るんだったか?」
「本人たちが望めばそうするつもりです。問題ありませんか?」
「好きにすりゃあいい」
これで一先ず所在のしれているコボルトたちの安全は確保できた。
彼らが〈ノーマーシー〉の砦にあった日記に書かれていた、好奇心旺盛なコボルトたちの子孫なのだろう。
「他は……先ほどお伝えしたことだけ気を付けて、今まで通りに過ごしていただければと思います。もちろん相手側に敵意がある場合は反撃していただいて構いません。何か変わったことがあれば、私が尋ねてきたときにでも教えていただければ助かります」
「……つまりなんだ? これまで通り俺たち長が一族をまとめていればいいんだな?」
「はい、その通りです。お三方にお願いしてもいいでしょうか?」
地面に座った三人は互いの顔を見てから、ほとんど同時に首肯した。
「王となれぬは残念だが、ハルカ陛下が生きる限りは従うとしよう」
「負けたのに生きてるのだ、従うほかないってもんだ」
「我に異論はない」
「では、そのようにお願いします」
巨人たちのシンプルな思考は、意外なことにハルカの王としてのスタンスとはマッチしているようで、どうしても話しておかなければならないことはこれで済んでしまった。
ハルカが勝利したことで起こった変化は、巨人たちが一応傘下に加わったことと、言葉の通じる種族を食べないと約束したことくらいである。まぁ、そのくらいがハルカや他種族にとっては非常に大事なことなのであるが。
「話し終わったか?」
ハルカが他に何かと考えているとアルベルトが声をかけてくる。
「ええ、おそらくは」
「よし、んじゃああいつらの誰かに訓練相手してもらうか」
片手に剣をもって立ち上がったアルベルトが、ぐるぐると腕を回す。
「え、やるんですか……?」
ハルカとしては流石にこれだけ大きな、しかも戦いを知っている巨人と仲間が戦うのは不安がある。
しかしすでにその気になったのかレジーナも立ち上がっている。
「なんだぁ? 訓練?」
「おう、おっさん、相手してくれ!」
「んまぁ、ハルカ陛下に負けたとこだし、お前も強いのか?」
モンタナがハルカと巨人の長を見て、そろーっと立ち上がる。
それを確認してハルカはため息をついて仕方なく戦いを見守ることを決めた。
「死ななければ必ず治します。互いに絶対に死なせないようにだけ気を付けてください。私が終わりって言ったらすぐにやめてくださいね」
「おう」
「あ、あと、同時にやらないでください! 一戦一戦見守りますから!」
「分かった」
アルベルトとレジーナの空返事に仕方ないと思いながらも、ハルカは巨人族の長たちに頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「よぅし、陛下に負けた仕返しをするぞぉ!」
「ガーダイマさん、聞いてますか?」
「聞いとる聞いとる」
駄目そうだったらすぐに止めよう。
ハルカがそう決意したハルカの表情を見て、イーストンとコリンが笑った。
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