九百八十話目 巨人族たちの長
「んだよ、どうせやるなら俺も行けばよかった」
四つの大きな箱を回収してきたハルカを見て、アルベルトの言った言葉だった。
「いえ、彼ら勝手にやり合って、最後の一人だけをレジーナが相手したんです」
「何しに来たかわかった?」
「いいえ、交渉の余地がありませんでした。起きたら聞いてみるしかないでしょうね」
イーストンの質問にハルカは首を横に振りながら答える。
やり取りをしている間に、さっきまで眠っていたモンタナがあくびをして、そのままごろんと横になった。
「先寝るです。またあとで交代するですよ」
「そうですね、皆にはしっかり休んでもらって、明日の早い時間にグデゴロスさんの陣営を訪ねることにしましょう」
「ハルカは……巨人がいるから休めないかー……」
「まぁ気にせず休んでください。移動をナギに任せているおかげで、昼間はちゃんと休めてますから」
コリンは心配そうな顔をしながらも、明日に備えて横になる。
ナギに関しては、間にハルカたちを挟んで遠巻きに巨人を観察しているようである。相変わらず少しばかり怖がりで、慎重な性格をしているようだ。
おそらく巨人相手であっても生半可なものであればブレスの一撃で勝負がつくのだが、ハルカと同じく絶対倒していいものが相手出ない限り本気を出さないのがナギである。
元々の能力が高いだけに、半端な戦闘というのが得意でない。
最終的には眠っているのを見ているだけでつまらなくなったのか、顎を地面につけて休み始めたナギである。
そして休んだ仲間たちは、小一時間後には意識を取り戻した巨人たちによって目を覚ますことになった。
「出れねぇ、なんだこりゃあ!」
「くそう、どうなってんだ!」
「あのー」
「うぉおお、こんなもんぶっ壊してやる」
「あの、もしもし、巨人の皆さん」
「ん……、くそ……、チビ相手に油断した! どこへ行きやがった!?」
「あの、すみません、聞いていただきたいのですが……」
一斉に目を覚ました巨人たちは、障壁の檻から脱しようとじたばたしているが、ハルカの声には気づかない。眠っている仲間のために声を抑えていたハルカだが、それが全く無意味だと気づき、仕方なく大きく息を吸ったところで、二方向から同時に「うるせぇ!」という大声が響いた。
より大きな怒声に驚いた巨人たちの動きが止まる。
「お前ら負けて捕まってんだから静かにしろ! 眠れねぇだろ!」
「んだこのチビ……! 俺はお前なんかに負けてねぇよ」
再び騒ぎ出した巨人たちにアルベルトががりがりと頭をかく。
そんな中レジーナが一人の巨人の前まで行って、金棒の先端で障壁を突いて言った。
「お前は、あたしに、負けたよな」
「ぐ、うぐぐぐ、ま、負けた」
「あいつらに勝ったよな?」
「おう、そうだ、勝った」
「黙らせろ、全員ぶっ殺すぞ」
「なんだと、このチビ女が……」
「負けた癖に言うこと聞かねぇのか、てめぇは」
ぎりぎりと大きな音を立てて歯ぎしりし、憤怒の表情を見せていた巨人だが、やがてすっくと立ちあがると、騒いでいるほかの巨人たちに向けて怒鳴った。
「おい! お前ら俺に負けたんだから黙ってろ!?」
「あれはたまたま……」
「暗くてよく見えなかったせいだろうが!」
「戦士が言い訳するか!?」
「ぐぎぎ……」
あちこちから歯ぎしりの音がぎりぎり、顔を真っ赤にした巨人が三人。
残りの三人を言い負かして、レジーナに負けた巨人はちょっとすっきりした顔をしていた。
なんにせよ、レジーナのお陰で、先ほどよりは随分と静かになった野営地である。
「あのですね、あなたたちがどの勢力の方か知りませんが、何をしに来たか伺いたいんです」
「お前は……あの空を飛んでた奴か……」
胡坐をかいて座った巨人は、ハルカを見ると気味悪げな顔をする。
「竜が来たから様子を見に来たら、あいつらとぶつかっちまったんだよ。俺からも一つ聞きたいことがある。俺の足と顎」
手のひらでそれぞれの部位を叩いて、痛みがないことを確認してから前傾してハルカを見下ろす。
「こいつは確実に砕けていたはずだ。なぜ今何ともない」
「私が治しました」
「……負けた上に、情けをかけられたのか」
髭の生えた顎をじょりじょりと撫でながら、巨人は深くため息をついた。
ようやくまともに話が出来そうな雰囲気である。
「あなたは、どこの一族の巨人ですか?」
「俺はな、中洲に住んでいる一族のボドルドンだ。長はガーダイマ」
「そうですか……、ありがとうございます。私はハルカです。……リザードマン他、いくつかの種族をまとめる王として、巨人族の長と交渉するために来ました」
ボドルドンは顎を撫でる手を一度止めて、目を丸くした。
「王、王か。そいつはつまり、そこの金棒チビ女よりもお前の方が強いってことか?」
「いえ……」
「そうだ」
ハルカが細かく答えようとすると、レジーナがため息をついて手のひらでハルカの口をふさぎ、巨人の言葉を肯定した。
「ハルカの方が強いだろ、適当なこと言うなむかつく」
「す、すみません」
レジーナにとっては強い弱いは重要な要素だ。
適当なことを言われたってなにも嬉しくない。
ぎりぎり接戦ならばともかく、現状攻略の糸口を見出していないのだ。そんな相手に自分の方が強いと言われても腹が立つだけである。
特級冒険者の中でも抜けている連中とは、まだ実力の差があることをレジーナははっきり理解していた。
「王か、そうか、王か。俺はなガーダイマを王にしたい。ガーダイマはでかくて強くて豪快な男だ。だがな、お前が俺たちの王になりたいというのなら、ガーダイマを倒せば従ってやってもいい」
「いえ……、そんな話はしてないのですけど……」
「じゃあ何の話だ?」
「西の巨人族の長であるグデゴロスさんに、コボルトをつまみ食いしないように言って……。あ」
そこまで話してハルカは気が付く。
なにも別に、戦争の真っただ中に会いに行く理由などないのだ。
平原にすむコボルトたちが街に移住するとさえ言ってくれたら、全員を連れて〈ノーマーシー〉へ向かってしまえばいい。
そうすればコボルトを食べないようにお願いする必要もなかったし、戦争が終わった頃に隣国の王としてグデゴロスか、勝利した巨人の王へ面会すればよかっただけである。
「……とにかくですね、ちょっと挨拶をすると約束してしまったので、明日はグデゴロスさんに会いに行こうかなと」
「ハルカ、グデゴロスに会うというのならだな、俺たちの長であるガーダイマにも会ってもらいたい。それではまるで、ガーダイマよりもグデゴロスの方が立場が上に見えるじゃないか! それは許せん!」
「許せんと言われまして……」
「おい、頼む、ガーダイマにも会ってくれ! そうだな……、俺たちもコボルトの住んでいるところを知ってるぞ! 山に穴を掘って住んでいる! 俺たちの領土にはガルーダも出るぞ! どうだ、話したくなっただろう!」
「え、ええ……、あの、食べてます?」
「いや、あまり食わねぇ」
「…………食べてるんですね。わかりました、ガーダイマさんにも会います……」
コボルトはどうしてあちこちに生息しているのだろうか。
なんにしてそのコボルトたちもまた、今の生活に満足していないのなら〈ノーマーシー〉へ連れていってやりたいものである。
「おい! うちにはあれが出るぞ、ラミア! ラミアがでる! 俺たちの長、バンドールにも会って行けよ!!」
「そうだ! 俺たち東の一族のところにだけ来ないのはおかしいだろうが! 俺たちの領土にはな……、あれだ、アンデッドも出るぞ、魔法を使うやつだ!」
後ろで耳を澄ませていた巨人が連動して喋り出す。
「あ、はい、じゃあえっと、バンドールさんにも会えばいいですね」
「そうだ! 会っていけ!」
「なんでもひょいひょい引き受けると後が大変だよ」
イーストンに後ろから声をかけられて、ハルカは苦笑しながら振り返る。
「分かってるんですけど……、断るとまた面倒ごとになりそうで……。コボルトの話はちょっと心配ですし、東は乗り掛かった舟ということで」
「ハルカさんがいいならいいんだけどね。僕はどうせついていくだけだし」
本人が辛そうな顔をしていないのを確認すると、イーストンは笑いながらそう言った。
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