九百七十九話目 交渉材料

 上空へやってきて分かったことは、想像通り、巨人が殴り合いをしているということだった。武器は以前遭った巨人ビュンゲルゲが持っていたものと同じ、木を丸ごと加工したこん棒である。

 暗いせいで互いの姿が良く見えていないのか、がむしゃらに武器を振り回して殴り合っている。全部で四人の巨人がいるようだが、誰が仲間で誰が敵なのかもわからないような状態だ。

 三勢力いるのだから、必ず仲間を連れてきた巨人族がいるはずだ。

 だというのに、最後に立っているのが自分であればいいとでも思っているのか、遠慮なくこん棒を振り回している。


「無茶苦茶ですね……」


 思わずつぶやいたハルカだが、巨人たちは見向きもしない。

 光の球と一緒にいるので気付いてもよさそうなものだが、まずは目の前にいる敵だとばかりに戦闘は続く。


「降りねぇの?」

「降りないです」


 背中から飛んできた声にはっきりと答えて空中に待機。

 レジーナの不満そうな顔が目に浮かんだが、わざわざ足元に降りて踏みつぶされに行く必要はない。


 一人倒れ、二人倒れ、一騎打ちになったというのに、互いに相手の声の確認すらせずに殴り合い続ける巨人たち。あれが仲間でない確信はあるのだろうかと、ハルカは空中で首を傾げた。


 最後に残った巨人が、倒れた相手の背中に足を乗せ、両手を上げて雄たけびを上げる。その声は非常に大きく、当然のように留守にしているアルベルトたちのもとにも届いていた。

 この戦いが始まった時点からではあるが、隠密行動する気がまるでない。


 いつになったら気付くのだろう。

 もしかして声をかけるまで気付かないのではないだろうかと、ハルカが考えていたところで、ようやく勝ち残った巨人が空を仰いだ。


「なんだ、ありゃ」


 暗いところに光が浮かんでいるせいでハルカたちの姿を認識できていないようだ。

 光の球だけを見て怪訝な顔をしている。


「おう! なんかいるなら降りてきやがれ!」

「降りねぇの?」

「どうしましょうね……」


 再び背中から声が飛んできて、ハルカは曖昧な返事をした。

 察するに降りたところで戦闘が発生するだけだ。

 このままあの巨人が帰ってくれるなら、放っておきたいハルカである。


 しばらく空を仰いでいた巨人は、やがて返事が戻ってこないことにしびれを切らし、足元に倒れている巨人を置いてハルカたちが野営している方へと歩き出す。

 残念ながら元の目的を忘れたわけではなかったようだ。

 ハルカは仕方なく、少しばかり高度を下げて巨人の進路に立ちふさがることにした。


 直後巨人は無言でこん棒を振るう。

 障壁を発動させて防いだものの、あまりの手の速さにハルカは目を丸くした。

 会話をする暇もない。


 「降りるからな」


 レジーナは、問いかけではなく、はっきりと意思表示をしてハルカから手を離した。地面までは数メートル程度。レジーナならばまず怪我をすることはないはずだ。

 ハルカは光源をやや大きくし頭の上へうかばせる。

 相手の姿さえはっきり見えていれば、レジーナならばまず負けないだろうと判断してのことだった。


「なんだぁ、でっかい虫……? じゃねぇな」


 こん棒を引いた巨人が、ハルカのことをじろじろと見ながら呟く。


「私たちに何か用ですか?」


 一応の対話を試みるハルカに、巨人はまたもこん棒を振りかぶりながら答える。


「用があるのは! あの竜にだ! お前みたいな! 小さいのには!」


 がつがつとこん棒を振り下ろしてくるのを全て受け止めているというのに、巨人に懲りる様子はない。たたきつけ続ければ、いつかは攻撃が届くと信じているようだ。

 以前にあったビュンゲルゲに比べると、少しばかり判断能力が低いようである。


「おい! どこ見てんだでか物」


 眼下からの声を聴いた巨人は、視線をさげて足元にいるレジーナを見る。

 股下にも届かない小さな人が、自分に対して大きな口を叩いていることが信じられず、巨人の表情が怒りに歪んだ。


「なんだ、このチビ……!」


 しかしその怒りは長く続かなかった。

 レジーナの持っている金棒が躊躇いなく横なぎに振られ、巨人のくるぶしを直撃、破壊する。足を支える部位を一撃にして破壊された巨人は、叫び声をあげながらその場に崩れ落ちる。

 巨人というのは何もしなくても丈夫な種族だ。

 あの巨体を支えるために、体の全ての部位が丈夫に作られている。

 まさか一撃にしてこれほどのダメージを受けるとは想定もしていなかったことだろう。


 それでも崩れ落ちた巨人は、すぐさま顔を上げ、歯をむき出しにしてかみしめながらこん棒を振り上げる。戦士としての矜持がそうさせたのだろう。

 立派なものだとハルカは思ったけれど、それも無駄なことだった。


「おせぇよ」


 膝をつかせればレジーナの金棒も顔まで届く。

 すでに振り下ろされた金棒の先端が、巨人の顎を殴りつける。

 体の構造自体は人と変わらない巨人は、脳が激しく揺さぶられれば、やはり人と同じように意識が外へと放り出される。

 急速に全身の力が抜けた巨人は、脱力してその場に崩れるように倒れ込んだ。


 続けてそのまま頭部を、と金棒を振り上げたレジーナを見てハルカは慌てて障壁を張るが、動きはそこで止まった。


「殺していいのか?」

「あ、駄目です」


 自主的に止まったことに驚きながら、ハルカは地上に降りる。


「どうすんだこれ?」

「うーん……、一応怪我を治して捕まえておきましょうか……」

「それじゃハルカがまた寝れねぇだろ」

「うーん、明日交渉をして、それからちゃんと寝ます。一応ナギの背中でもうとうとさせてもらいましたし……」

「そうかよ」


 戦う相手がいなくなった途端やる気も失せたのか、レジーナはつまらなさそうにその辺に落ちていた石を蹴飛ばす。


「油断しすぎだ、こいつ。面白くもない」


 張り合いがなかったことが腹立たしかったらしい。

 短く勢いのいいため息をついて、レジーナは地面に伸びている巨人を睨みつけた。

 

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