九百七十八話目 夜の騒音

 川面から顔を出しハルカたちを見送る人魚は、夜に見た時よりもずいぶんと数が増えていた。その中には幼い顔をしたものも混ざっている。

 ややのんびりとした出発だったからか、人魚たちの間にも引っ越しの話は伝わったようだった。急な話であるため幼いものたちの中には不安そうな表情をしているものもいたが、全体を見ると概ね明るい表情をしていた。


 ナギが川を遡るようにまっすぐに空を飛んでいく。

 人魚のお陰で探し回る手間が省けたのはハルカたちにとって僥倖だった。

 いくら巨人が大きくて目印になるとはいえ、手掛かり無く探し回るのは少々手間だと思っていたからだ。


 ナギの背の上でやる気満々で張り切っているアルベルトと、腕を組んで仁王立ちし正面を睨みつけているレジーナを見て、ハルカはほんの少しだけ不安に思う。


「……あの、二人とも、基本方針はお話し合いですからね?」

「わかってるって」


 素振りしながら返事があったのはアルベルト、返事がないのがレジーナである。


「結局戦いになる気がするです」


 そう不穏なことを言ったのはモンタナだったが、実はハルカもその意見には同意であった。


「実は私も、そんな気はしてます」


 おそらく巨人たちは、ある程度実力を示さないと話を聞かないだろう。

 二人が張り切っているのならそれを任せるのもやぶさかではない。

 ただ、最初から喧嘩腰で突っ込んでいかないかだけが心配であった。


 川はだんだんと細くなっていくが、その分流れは少しずつ早くなっているようだった。

 普通に渡河するには難儀しそうな大河である。

 人であれば間違いないく船が必要となるだろう。巨人でも渡るにはそれなりに時間がかかりそうだ。


 昼過ぎに一度休憩を挟んでから遡ること更に数時間。

 夜に差し掛かろうという時に、ようやく遠目に巨人の姿が見えてきた。

 見る限り、全ての巨人が中央の巨人族のエリアにそれぞれ陣地を張ってにらみ合っているようである。


 巨人と言っても大小さまざまなようだが、特別大きいものが数人混ざっている。

 平均的な大きさを五メートル程度だとするのであれば、抜きんでている数人は十メートル近くあるだろうか。

 人と違って個人差による身長が随分と大きいようだ。


 そんな大きさのものが全部合わせると三百人近くいるのだから、遠目から見ても圧巻の光景である。普通に考えれば人が混じりこんでいい場所ではない。


 手前で着陸し、さてどうしたものかと話し合いを始める。


「三勢力、まだ戦いを続けているみたいだね」

「そのようでしたね。普通に考えれば西側に陣取っている巨人族に連絡を取るのがいいのでしょうか。ビュンゲルゲさんが、一族の長のグデゴロスさんに連絡を取ってくれているはずですから」

「今日のうちに行く?」

「どうしますかね……」


 あちらからもナギの姿は見えているはずだ。

 早くコンタクトを取るに越したことはないが、まもなく夜が訪れる。


「朝になってからでいいだろ。どうせ戦闘になるんだから」


 戦闘になる確信を得ているとはいえ、レジーナが戦いを急がないのには理由がある。夜の戦いになると、前線に出るものの候補にイーストンが混ざってきてしまうからだ。

 できれば自分がいの一番に戦いたいし、獲物は多い方がいい。

 自分勝手な理由だが、今の仲間の方針とはたまたま一致した意見だった。


「じゃ、準備するですか」


 川の近くには打ち上げられて乾いた流木も多く、火を焚くに困ることはない。

 さっさと野営の準備を済ませたハルカたちは、そのまま食事の準備をして、いつもの通り交代で休むことを決めた。


 そうこうしているうちにすっかり日は沈んで、辺りは暗闇に包まれる。

 今日の月は細く、夜の灯りは頼りない。

 たき火から離れてしまうとあっという間に足元もおぼつかなくなる。

 モンタナが眠った後に這い出してきたトーチが、そのお腹の上でぼんやりと光って虫を集めているのがよく目立っていた。

 食事をちゃんと与えているのに、夜になるとちゃんと出てきて光るのは習性なのだろうかと、ハルカはぼんやりとそれを眺める。


 しばらくそうしていたトーチだったが、小一時間もすると急に光るのをやめて、姿をくらました。いなくなったわけではないのだろうけれど、光っていないとどこにいるかわからない。


 ややあって、遠くから突然の怒鳴り声と、どたばた暴れる音。

 地面が揺れるようなその咆哮に、眠っていた仲間たちも慌てて飛び起きた。

 場所はまだまだ遠い。

 動きだけで察知するには随分と距離がある。


「な、何、何急に」


 寝起きのコリンが慌てて髪をまとめながら、起きていたハルカに尋ねる。

 ハルカだって急な騒音に目を丸くしていたところだ。


 ナギがむくりと起き上がり、恐る恐る場所を移動するとハルカたちの後ろにまわり、ぺたんと地面に座り込む。

 急な大声が怖かったようだ。

 首を伸ばしてきて、とんと鼻先でハルカの背中に優しく触れる。


「あ、びっくりしましたね。ちょっと様子を見てきたほうがいいでしょうか」

「……いや、どう考えても巨人でしょ。僕たちは朝になってからって思ってたけど、あっちはそうじゃなかったってことかな。第四勢力の様子を探りに来たんじゃない?」

「よし、やるか!」


 寝起きそうそうやる気満々のアルベルトが気合いの声を上げて歩き出そうとしたが、コリンに腕を引かれて止まる。


「なんだよ」

「戦ってるとこ行くことないでしょ」

「気になるだろ」

「戦いたいだけでしょ」

「そうだけど」


 悪びれもせずに肯定するアルベルトの腕は、当然ながら掴まれたままである。


「偵察に来て、他の巨人族と遭遇したですか」

「じゃあ混ざるか」

「やめましょうね」


 今度は歩き出したレジーナをハルカが止める。

 止められたレジーナは、顔全てで不満を表現している。


「何でだよ、ついでに全員ぶっ殺してくればいいんだろ」

「話し合いに来たんですってば」

「不意打ちしに来たんだぞ」

「失敗してますし、あちらからしたら得体の知れない勢力だったのだから仕方ないでしょう。とりあえず空から様子を見てきます」

「それがいいかもね」


 目を細めて同意したイーストンには、おぼろげに争っている姿が見えるようだ。

 

「あたしも行く」

「え?」

「戦いになったら、あたしが先にやるからな」

「降りないし、ならないと思いますけど……」

「いいから行け」


 いつもモンタナがやっているのを見ていて覚えたのか、レジーナが勝手に背中に取り付いてハルカに指示を出した。

 乗り物ではないのだけれど、と思いつつ、ハルカは小さくため息をついた。

 それでも突っ込んでいかないだけ良いことかと、魔法で光の球を出して光源を確保し、そのまま空に浮かび上がる。


「ちゃんと掴まっていてくださいね」

「分かってる」


 そんなわけで、背中にレジーナを張り付けたハルカは、ほぼ真っ暗闇の空に向けて偵察のために飛び立ったのであった。

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