九百七十六話目 生活圏
「人魚は夜に活動する種族です?」
ルノゥの嘘を見破ったモンタナが、それとなくハルカに伝えるついでに暮らしぶりを尋ねてみる。水辺にも
陸上の
初代ディセント王の逆侵攻においても、水辺のルインズと戦ったという話は殆んどない。
モンタナの表情は先ほどと全く変わっていなかったが、ルノゥは質問の意図に気が付き、誤魔化すのが難しそうであることに気が付いた。
ルノゥたち人魚にとっての問題はハルカの言葉がどこまで本当なのかという点だ。
もしどこかでルノゥたちがこの場所を縄張りとしていると知って来たのであれば、それ相応に警戒をしなければいけない。
ルノゥたち自体は水の中で暮らしているために、問答無用で暴れる巨人や、生息域がかぶっている
支配を目的としてきたのならば、先制攻撃もできたはずなので、ルノゥはその可能性は低いと見ている。それでも五百はいる一族を守るためには軽率な判断、応対をするわけにはいかない。
とにかく機嫌を損ねるのは悪手だという認識のもと返事をする。
「いいえ、人と同じですよ。昼に活動し、夜に寝ます。私たちのことよりも、もしお時間があるのでしたら、あなたたちのことを教えていただきたいものです。この辺りの種族は戦いを好むものが多く、冷静に話を聞かせていただける機会は非常に珍しいのです」
「確かにアンデッドと巨人相手じゃちょっとね」
「海辺には広く
イーストンの同意に乗っかったルノゥが、同情を誘うような言い方をする。
遠くから様子を窺って、最低限陸の情報を集めるようにしているが、どうしても限界がある。
特にコボルトたちの街が吸血鬼に占領されたのが痛かった。
くつろげる上に簡単に情報を貰える場所がなくなったせいで、ここ数十年の陸の情報は殆んどルノゥのもとへ入ってきていない。
「ええと、では場所を借りる代わりに、少し話をしましょうか」
穏やかというか、人のいい返答をしたハルカを見て、ルノゥは少し警戒する気持ちが削がれる。仲間であるモンタナが噓を見破ったサインを出しているのに、嫌悪を見せるでもなく、気を引き締め直すでもなく、変わらぬ対応を続けている。
そこからがつがつした雰囲気は一切感じられない。
何か企みがあって来たのではないのだろうなと、内心ではそれで納得いってしまった。ルノゥに残された警戒心は、群れを率いるものとしての責任によるものだけである。
「ただ……、そうですね」
そんな折、ハルカが思案するような表情で何か条件を付け足そうとする。
ルノゥは一瞬で警戒心を跳ねあがらせたが、その直後すぐにそれが無駄であったと気が付いた。
「ルノゥさんが私たちに興味を持ってくださったように、私も海に暮らす皆さんに興味があります。お互いに意見交換ができれば嬉しいかなと」
「……はい、聞いていただけるのであれば」
ルノゥは警戒心をさらに下げて、穏やかに笑うハルカという王の話を聞いてみようと思った。
自分が一番近くにいるから、何かあったとしても水の中にいる仲間たちの大半は逃げ切ることができるはずだ。
だったら、余計なことを考えずに、一度普通に話をしてみてもいいんじゃないかと、今はそんな風に思っていた。
過去をさかのぼると、神人戦争の時代も、海に暮らす人魚に手を出してくる人族は殆んどいなかった。当時は人魚たちが面倒くさがって、攻撃の対象になるようなことがあれば、離島へ渡りそこでのんびり暮らしていたのだ。
生存圏がかぶっていないことで、人と大きな敵対をしてこなかったのだ。
そのため人魚は特別人族に対して強い敵愾心を抱いていない。
神人戦争以来困ったことは、少しずつ深い海に住む魔物たちが凶悪化してきたことである。
例えば渦潮をたくさん巻き起こす巨大なイカやら、クジラのような大きさの肉食魚がうようよし始めたのだ。
そのせいで、いつの間にか各島の連携が絶たれてしまったのが数百年前。
以来、混沌領沿岸に根付いていた
ハルカたちの現状を聞いてルノゥが考えたことは、その王国に一族を丸ごと編入させてもらうことだった。
コボルトの街を占領したのが本当なのだとすれば、夜に歌い続けなければならないこの生活から抜け出し、港と砂浜でのんびりと暮らせるようになるかもしれない。
ルノゥは一族の中ではそれなりの年長者だ。
コボルトと共に戦った親世代に一族を託され、逃げ出してここに安住の地を築いたのもルノゥである。
逆に言えば、ルノゥはコボルトたちと過ごした平和だった時代も知っている。
もしかしたら、そんな希望をハルカとその国に見出してしまうのも無理なかった。
ルノゥは色々なことを考えながら情報を交換し、朝日が出て歌が必要なくなった頃、ついにハルカに提案してみることにした。
「……もしあなたがそれぞれの種族を一つにまとめようというのなら、私たちも居を〈ノーマーシー〉へ移し、その一つに加わっても良いと思うのですが、いかがでしょう?」
答えはすぐに戻ってこない。
急な申し出に考えているのだろうと、ルノゥは静かにハルカの言葉を待った。
多少の条件が付けられることは我慢するつもりである。
当然ながら、ハルカは条件なんて考えていなかった。
興味深い話を聞けて、それなりに楽しくいろんな話をして交流を深められた。精々ハルカの考えていたことと言えば、トラブルにならなくてよかった、くらいのものであった。
まさかの国への編入話を持ち掛けられたハルカは、ただただ困惑し、頭が真っ白になっていたのである。
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