九百七十四話目 あっちとこっちの王様

 魔法使いの強さというのは、遠距離から一方的に攻撃を仕掛けられることである。

 さらに弓矢と違う点は、道具が消耗品ではないこと、威力の調整が容易なこと、その場に応じて魔法を使い分けることができることである。

 では魔法使いの弱い部分は何かといえば、、回数の制限があること、身体強化ができないため接近されると弱いことである。

 魔法使いはその弱点を補うために、制限回数を増やすこと、あるいは接近させずに仕留めることを工夫する。

 前者は工夫と努力。

 後者は一般的には前衛を用意するものだ。


 例外に出されたノクトの場合は、空に逃げる、障壁で攻撃を弾くなどの手段をとり、ユエルの場合は、多彩かつ規模の大きな魔法により相手を弾くことと、テレポートにより場所を移動することで弱点を補っている。


 ハルカの場合はそのどちらも勝手にクリアしているので、脅威の空を飛ぶ無敵無限魔法兵器となっているので言うまでもない。


 どれもアルベルトの叫ぶ通り、世間一般から完全に逸脱しており、正直他の魔法使いの参考にもならない連中である。


 その点、アルベルトたちと相対しているアンデッドたちは、条件をおおかたクリアしていた。多数での出現で魔法の数を増やし、物理攻撃の効かない体は接近戦も厭わない。

 普通であれば手に負えない相手である。

 人魚たちが呆れた顔をするのも無理はない。


「近づいたって無駄なのに……」


 かつて魔法での迎撃を試みたことのある人魚はポツリと呟く。

 武器があっさりとアンデッドたちの体を通り抜けたところまでは、人魚の思った通りだった。

 問題はそこからだ。


 アルベルトたちが斬り、あるいは殴りつけたアンデッドは攻撃されたところから分断され、そのまま絶叫と共に消えたのである。


「斬った感触がないから調子が狂うね」


 イーストンが口を一つこぼしながら、居並ぶゴーストを次々と斬り倒していく。


「おい、モンタナ! どっちがたくさん倒したか勝負するぞ! 四!」


 言い出したアルベルトをちらっとだけみたモンタナは、両手に持った武器を器用に使い、次々とアンデッドを屠っていく。

 先ほどまで慎重にことを進めていたのが嘘のようであった。


「六、です」

「あ、くそ!」


 肉や骨を断たなくて良い分、手数の多いモンタナの方が有利に決まっているのに、無謀な勝負を仕掛けたものである。


 一方で呆れていたはずの人魚の代表は目を剥くと、仲間たちに何かの指示を出した。


「何を?」


 近くにいるハルカが、不穏な気配を感じて問いかけると、彼女は慌てて答える。


「殲滅されたら困るんです! 事情はちゃんと話すので、お願いだから邪魔をしないで。さぁ!」


 水面に顔を出した人魚たちが、合図とともに先ほどと同じメロディを歌い出す。

 その歌には歌詞がなく、まるで子守唄のような耳に心地良いリズムをしていた。

 歌がアルベルトたちの元へ届くと、魔法の詠唱を続けていたアンデッドたちがぴたりとそれをやめて、ゆっくりと森の中へ消えていく。


「十! 十一! あ、逃げんな!」

「あ、追撃なしで! 逃げるなら追撃なし!」


 コリンの判断は間違っていない。

 視界の悪い森の中では、どこから魔法で狙われるかわかったものではない。深追いは禁物だ。


「十六、です」

「ちっ、十三」

「ああ、くそ! 十二!」


 アンデッドたちが完全に森へと消えていったところで、それぞれが討伐した数を宣言する。


「そういうの油断につながるからやめたほうがいいんじゃない?」


 呆れ顔のイーストンが注意するが、暫定ビリのアルベルトは口を尖らせる。

 今回はそれほど危険な相手ではないと判断したからこそ勝負を仕掛けたのであって、アルベルトだって相手を選んでいるつもりだ。

 それはそうと聞かなければいけないことが一つだけある。


「イースは何人倒したんだよ」

「……あのさぁ」

「何人だ?」

「何人です?」

「……十八、君たちの負けだからちゃんと僕の話は聞くように」


 イーストンはつい数えてしまっていた倒した数を正確に伝えると、悔しがる三人を置いて、さっさと回れ右した。

 振り返ってみれば、ナギがメロディに合わせて首をゆっくりと動かしている。

 今回はすでに人魚たちの近くにいたから、それ以上の接近はなかったようだ。


「それにしてもさー……、改めて聞くと確かにあっちに行って聴きたくなっちゃう歌声だよね」

「……僕はそうでもないけど。そんなことより僕としては、討伐に水をさしてきた理由を聞きたいところだね」

「あ、そっか、そうだよねー……」


 コリンにしては珍しく、ポーッとした様子で歌に耳を傾けていて、注意力が散漫になっているようだ。


 近くで聞いていたハルカは、ちりっとこめかみに何か刺激を感じ、警戒しながら人魚たちを見つめる。

 その視線に気付いたのか、人魚の代表は手振りで仲間たちに歌を続けるように伝えると、上流側へ少し移動してハルカに向かって手招きをした。


 ハルカは難しい顔をして、ナギをその場に置いて彼女を追いかける。


「そんなに警戒しないでほしいのですけれど」

「何か、精神に作用する魔法を使ってますね?」

「魔法というか、私たちの能力です。害のあるようなことはしてません。他の皆さんが来たらお話しします。……ああ、遅れましたが私は、ルノゥ。群れのまとめ役をさせていただいてます。この辺りの沿岸が私たちの縄張りです」

「……ハルカです。冒険者で……、一応ここから西の山を超えたところにあるリザードマンとハーピーの里と、東へ行った場所に住むコボルトと、ケンタウロスと……。いくつかの群れの王をしています。今は……巨人たちとの交渉へ向かうところでした」


 王ですと言うのがなんとなく嫌で言葉を連ねようとして、どんどん規模感が増していってしまった結果、諦めて王と名乗ったハルカである。

 ルノゥは思ったよりもまずい人物を相手にしていることに気がつき、慌てて思考を巡らせた。舵取りを間違えると群れのためにならないと察したのだ。

 ただ、自分の名乗りに一生懸命であったハルカは、ルノゥの緊張にはまだ気づいていないようであった。

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