九百七十一話目 怪しい森
一晩休んだハルカたちは、またすぐにナギとともに〈ノーマーシー〉を出発する。見送りはたくさんのコボルトたちとニル。ウルメアは屋敷ができるまでは砦で寝泊まりしているようで、一応窓から顔を覗かせていた。
ハルカたちが目指すのは西の巨人族部族長の元だ。山を経由していかなければ、四日もあれば到着することだろう。
念のためウルメアから情報を集めたところによると、吸血鬼は東の巨人族の中に入り込んでいるわけではないらしい。
ただ、魅了などを使って戦争をけしかけることはしたとのことだ。巨人というのは吸血鬼にとってもまともに正面からぶつかりたくない相手だそうで、まずは数を減らすことを優先したのだとか。
まずは巨人の領土ギリギリの川向こうで一泊。
それから翌日はナギに頑張ってもらって、なんとか夜くらいには東の巨人族の陣地を見つける予定だ。
見当たらなければ仕方ないので、どこかで休んでさらに翌日ゆっくり探すことになる。
巨人がうろつく場所でのんびり野営をしたいわけではないので、できれば早めに見つけて交渉を開始したいところである。
いつも通りの空の旅をしながら、時折巨大な魔物の姿を見つけて全員で地上を見下ろす。
あっという間に通り過ぎてしまうからつぶさに観察できなかったが、毛のはえた象のような生き物の群れがいるのにハルカは驚いていた。
ナギをしても一日では食べ切るか怪しい大きさである。むろん、捕食対象にはかわらないのだけれど。
そうこうし三日目の夜、ハルカたちは広い川のほとりで今晩の野営準備をしていた。話によればアンデッドがいるらしいのだが、今の時点ではそれらしい気配はない。
背後に広がる鬱蒼とした森の中はいかにもだが、この辺りは安全そうだ。
少し北へ進むと東の巨人族の領土になるようなのだが、どういう理屈か、彼らもまたアンデッドたちを野放しにしているようだ。
とにかく安全に休めるのなら、ハルカたちに言うことはない。いつも通り火を焚いて、夜には交代で見張りをするだけだ。
軽い訓練を終えて、アルベルトとコリン、それにモンタナが眠りにつく。
そうなると見張りに残るのは、ハルカとレジーナとイーストンだ。一応この中だと年長組になる。
「この辺りは土地が豊かそうに見えますよね。コレだけ植物も繁茂していますし」
「そうだね。海が近くて、川の流れも緩やか。アンデッドに占領されてるのはちょっと勿体無いよね」
「……森の中、本当にアンデッドいるのか?」
腕を組んで森を睨んでいたレジーナが不意に声をあげた。
「いるんじゃないですか……?」
「アンデッドがいると、動物が減るもんだろ。さっき覗いてきたらあの森の中、結構動物いたぞ」
ハルカたちの知っているアンデッドは、とにかく動くものならなんでも食いつく。そのせいで暗闇の森の中には大型の動物がほとんどいなくなっていた。
「いないんでしょうか……? しかし、ケンタウロスやリザードマンはいると言ってましたよね。というか、師匠の地図にも記されてますし……」
「というか、レジーナが一人で森に入ったところからじゃない?」
「悪いかよ」
イーストンのツッコミに、レジーナは顎をあげて眉間に皺を寄せた。
「あ、何かあったら危ないので、できれば声はかけてほしかったですね」
「……わかった」
ハルカの言うことは意外と素直に聞くレジーナである。よくあることなのでイーストンはあまり気にしない。
「アンデッドって、たまに体を持たないのもいるらしいから。そういうのだと、動物も暮らせるんじゃない?」
「……体を持たない?」
「うん。幽体って言ってたかな? 闇魔法みたいなのとか、普通の魔法とか使ってきたりするって。物理攻撃が通らないし、結構めんどくさいって聞くよ」
「アンデッドが、魔法を使うんですか?」
「うん。主に魔法の素養のある人がなるんじゃないかって、父は言ってた気がする。大昔の……それこそ、神人時代より前の時代の遺跡とかにたまにいるらしいけど……。地表にもいるのかな? まぁ、聞き齧っただけだからよくわからないけどね」
「どうやって倒すんです?」
「光魔法とかって聞くけど、その辺はよく知らない。それ以外だと、吸血鬼対策と同じだね。銀の武器か、魔法の武器か……、カナさんと訓練したのも効くんじゃないかな? 試したことないから確実ではないけど」
ここにきての新情報に、ここで野営したのはよくなかったのではないかと思い始めたハルカである。
そのアンデッドが森から出てこないことを祈り、そしてちょっと怖いので森の方を見ないようにしながら残りの時間を過ごすことにした。
ハルカはゾンビより幽霊の方がちょっとだけ怖い。
「レジーナは何も見ませんでしたか?」
「見てねぇよ」
「ならいいんですけど……」
「……おい」
「はい?」
森の方を少し気にしているハルカに、レジーナが続けて話しかける。コレだけ会話のキャッチボールが続くのはちょっと珍しい。
「巨人と戦うことになったら最初にあたしがやるからな」
「別に……かまいませんが……。戦うことになったらですよ?」
「思ったより戦いが少なくてつまんねぇ。あいつは帰っちまったし」
ハルカとしては十分戦闘満載の旅であると思うのだが、レジーナは退屈しているらしい。特にカナが離脱してしまったのが効いているようだ。
勝負しろって言えばいつも相手してくれてたもんなぁと、朗らかな笑顔のままレジーナをあしらうカナを思い出すハルカである。
夜もすっかり更けて、交代の時間が近づいてくる。丑三つ時は休めそうだとほっとしながら、眠っている仲間たちを起こしていると、ふいにどこからか人の声のようなものが聞こえてきた。
それは遠く、途切れ途切れにしか聞こえないが、メロディのある歌のようにも思える。
背筋がゾワゾワっとしたハルカは、慌てて辺りを見回す。
そんな姿を、目を覚ましたばかりの仲間たちが不思議そうに眺めていた。
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