九百七十話目 お疲れのご様子

 疲れた。

 寝転がったハルカの気持ちはそれに尽きた。

 話は想像していたよりもよほどうまくいったのだ。

 逆にうまく行き過ぎたくらいだ。

 恩人がそういうのならと、グルナクたちはあっさりとウルメアと敵対しないことを約束してくれた。

 不平不満を述べる相手に対して頭を下げるくらいのつもりで臨んでいたハルカは拍子抜けして、それから少し心配になった。

 自分が恩人であるせいで、感情を抑え込みすぎてしまっているのではないかと気を揉み始めたのだ。

 本当に大丈夫なのか、という気持ちの元、ウルメアがどんなことをしてきて、コボルトたちからはどう思われていて、これからどのような関係を築いていけたらいいと考えているか、事細かに説明をしていく。


 うんうんと受け入れる若いケンタウロスたち。

 まるで怒られる前から言い訳をしているような気分になってくる。

 必要があったかはともかく言葉を尽くしたのち最後にハルカは一番大切なことを伝える。


「彼女に怒りがうらみがあるのは当然のことです。ただ、ここはひとつ私の顔を立てて、気持ちを抑えてほしいのです。そして目に余る行動がある様でしたら、私に報告をしてください」

「うむ承知した」


 それをグルナクは、話し合うこともせずに即断即決で了承した。


「話し合いとかは……?」

「必要ない」

「ホントに、本当にいいんですか?」

「陛下」

「は、はい」

「私は一度答えたことを陛下に疑われていることの方が辛いのだが」

「すみません……」


 グルナクは小さくなったハルカに苦笑して言葉を続けた。


「個々の恨みはあれど、戦いが終わったのちに捕虜をいたぶる様なことはしない。まして陛下から頼まれたのであれば、それは群れの決定だ。それぞれの裁量でうまくやってみせる」

「……そうですか、ありがとうございます」


 そう、話し合い自体は上手くいったのだ。

 だからと言って精神が消耗しないわけではない。

 ハルカは寝転がったまま呟く。


「やっぱり、向いてないですね……」

「うまく話してたですけど」


 モンタナの返事があって、ハルカは体を横向きにする。

 仰向けになって目を閉じているモンタナは、耳だけをハルカの方へ傾けていた。


「他のどんな王様でも、きっと私よりうまく、立派にやってるでしょうね」

「比べても仕方ないです。他のどんな王様でも、同じことを体験したとして、ここまでたどり着いてないです」

「そうかもしれませんが……」


 それでも王様というくくりで考えると、自分はあまりにも不適格だという自覚があるハルカだ。


「それでいいと思うです。それがいいと思うですよ……」


 最後の方はむにゃむにゃとなっていくモンタナの言葉。

 消えかけの語尾から少し開けて、小さな寝息が聞こえてくる。

 ぎりぎりまで相手してくれていたことを少し嬉しく思ったハルカは、考え込むのをやめて目を閉じることにした。

 明日は〈ノーマーシー〉へ戻り報告。

 それから平原のコボルトたちをこの街まで誘導し、東の巨人族の長と会談。

 考えてみるとやることはまだまだ山積みだった。

 悩んでいるよりやってみるしかない。

 ハルカはモンタナに倣って早めに眠ることにするのだった。



 朝には昨晩と同じように穏やかに朝食を取り、街へととんぼ返りをする。

 この二つの種族のことは、これまでと同じように族長の二人に任せておけば問題はない。

 新たにお願いしたことは、街と二つの種族の連携を密にすることくらいである。

 街への使者はケンタウロスの若者代表であるグルナクと、砂漠のリザードマンの若者代表であるサマルが担うことになった。

 街にいるのは老獪なニルだから、きっとうまくバランスを取ってくれるだろうとハルカは信じている。


 日が暮れる前に街へ戻ってきたハルカたちを、コボルトは空を見上げ、手を振って迎えいれた。圧倒的に大きなナギの姿も、見慣れてしまい、攻撃もしてこないとわかれば怖くなくなったようだ。

 砦の周りでは、出かけた時と同じように、コボルトたちが動き回っていた。

 散らばっていた廃材の多くが片付き、地面が見え始めている。


 一人で大迫力の槍訓練をしていたニルは、ナギが着陸したところで動きを止めて迎えに出てくる。


「早い帰りだ。……ふむ、陛下のお顔を見るに、上手くいったようだな」

「そんな顔してますか?」

「うむ、駄目だったらもっと悲愴な顔をするだろうからな! 分かりやすいのだ」

「昔は分かりにくいってよく言われたんですけどね……」


 自分の頬を撫でてみても、どこがどう違うのかよくわからない。


「戻ってそうそうですが、話してきたことを伝えます。ウルメアは……、作業を見てるんですね」

「うむ。ああして作業を眺めているか、街を歩いてコボルトの様子を観察しているようだ」

「不穏な様子は」

「まるでないな。時折コボルトにまとわりつかれて面倒そうにしているが」

「そうですか……」

「あと足にまとわりつかれて転んだときは怒っておった」

「それは、まぁ……仕方ないと思います」


 子供のようなコボルトは、おそらく加減があまり上手ではない。

 そこで怒るくらいは躾の範疇を出ていないんじゃないかと思うハルカである。


「ちょっと話をしてきます」

「承知した」


 椅子に腰かけてコボルトたちを見ているウルメアは、退屈そうにも見えるし、考えに耽っているようにも見える。


「もどりました」

「ああ……そうか」


 人に媚びることを知らずに生きてきたウルメアは、立場が弱くなっても態度があまり変わらない。


「コボルトたちの様子をずっと見ていたとか?」

「実際働く様子はちゃんと見たことがなかったからな。昼間は眠っていることが多かった」

「どうでした?」

「思ったよりも暇そうだった。だが怪我も病気もあまりなく、健康に過ごしているようだ。指示した最低限の規則は守っているようだった。やるべきことが増えれば、それなりの規則を追加して、効率よく動かすことが出来るだろうな」


 そう語るウルメアは、ハルカの目からしても気分が良さそうに見えた。

 コボルトたちが自分の思う通りに動くことで満足しているのだろう。

 やはりウルメアとコボルトは相性がいい。


「なつかれて転んだとか?」

「……以前の力があれば転ばなかった。今の私は弱すぎる。こんな些細な怪我も治らん」


 ウルメアは、裸足の右足を持ち上げてハルカに見せる。

 足首がふくらはぎと同じくらいに腫れあがっていた。


「……ちょっと失礼します」


 しゃがみこんで治癒魔法をかけると、みるまに腫れがひいていく。


「……治癒魔法か」


 足首を回しながらウルメアは渋い顔をして見せる。

 痛みが残っているのではない。自分がこれほどに弱くしたのもまた治癒魔法であることを考え、複雑な心境に陥っていたのだ。


「ケンタウロスが、あなたに出会っても攻撃をしないと約束してくれました」

「どうだか」


 態度の悪さをスルーしてハルカは続ける。


「今後この街とあの二つの種族は、交流を持って互いを守ることになります。よく考え、接するようにしてください」

「命令しないのか? 私の命は吹けば飛ぶ。どうせ従わざるを得ないんだ」

「しませんよ。……自分で考えて、あなたなりのやり方で接するようにしてください。その結果を見て、私は今後どうするか決めます」

「…………決まりがあった方が余程楽だな、くそ」


 毒づいたウルメアは、楽しそうに働いているコボルトたちを見ながら呟く。


「好きなようにやって生きてるこいつらが羨ましいと思うなんて……、私もやきがまわった」

「……どうですかね。私もちょっとうらやましいと思うことはあります」

「そういうものなのか、人は」

「もしかしたらそうなのかもしれません」


 ほんの少しじめっとした空気が漂う二人の間だが、話を始める前よりは少しだけ心の距離は近づいたようである。

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