九百六十九話目 修正

 ささやかな食事を終えて、休む準備を整えているところへグルナクたち若いケンタウロスが集まってくる。


「話があるのであればいつでも」


 彼らにしてみればハルカは救世主だ。

 命の灯が尽きようとしているグルナクの救い、その足を復活させた。

 それだけではなく、他にも大小の怪我や病気を、その場で瞬く間に治して見せた。


 魔法の概念が浸透している人族の間ですら奇跡の所業であるのに、特に魔法を使うことが殆んどないケンタウロスの間では、神と崇められてもおかしくないだろう。

 そんなハルカが話があると言って自分たちを集めようとしてるのだ、即応して集合してもおかしくない。


 皆集まってきてはその場に座り込み、大人しくハルカの話を待っている。

 ハルカとしてはちょっと忠誠心が高すぎる感じがして怖い。

 できることならニルやドルと同じような感じで接してほしいのだが、このグルナク率いる若者たちは、ハルカが黒いものを白いと言ったら同意しそうな雰囲気を持っている。


「もうちょっとこう、気軽な感じにならないものでしょうか」

「無理じゃないかなー……、本当に死ぬ直前に助けられてるし……、実際周りでなくなった人もいたんだから、余計に身近に感じてただろうし」

「うーん……」


 ハルカが出向かなかった場合、あの日の夜を越えられなかったものは数人いただろう。そしてグルナクはその中の筆頭であった。

 まさに死神の手が肩に触れようとした瞬間、ハルカがそれを払いのけた形だ。

 時間がたって状況をしっかりと理解したグルナクからの敬意の念はうなぎのぼりのストップ高である。


 ハルカも自分が何をしたのかはわかっている。

 問題は、良い落としどころを探ることが出来ていない点だ。

 例えばこの状況でウルメアの話をした場合、納得していなくても感情を抑えこまれてしまう可能性が高い。


「無理に納得させるようなことは嫌なんですけどね」

「それも、納得だと思うですけど」


 モンタナが荒めのやすりで石を削っていたが、その手を止めてハルカを見上げた。

 頭の上ではトーチがほんのりとお腹を光らせながらくつろいでいる。


「無理に意思を捻じ曲げているように思えます」

「……仲間が殺されて納得できる言葉なんてないと思うです」


 モンタナの言葉がずぶりとハルカの心に突き刺さった。

 

「少なくとも僕は……、誰に何と言われようとわだかまりは解消しないです。ハルカは違うですか?」

「……違いません」

「恩人とか……、他の仲間とかに、どうしても納得しなきゃいけない理由を伝えられて……、我慢できるかどうか、それだけです」

「我慢……」

「です」


 自分の気持ちを無理やり押し付けようとしていた。

 もてはやされてその気になっていた自分を酷く嫌悪する。

 憎んだり恨んだりする気持ちを持つことすら制限しようとしていたことに気づかされてぞっとした。

 自分がこうあって欲しいと願うことと、現実にそれができるかどうかは別問題だ。

 それを無理やりどうにかすることが、権力であり強さである。

 ハルカは権力や強さ、あるいは恩に頼ったやり方を好まないというけれど、頼らなければどうにもならないこともある。すべての道を模索したうえで他の手段がみつからないのならば、自分の意思を通すためにはそれらを使うしかないのだ。


「ハルカさんは、ウルメアに可能性を見たんでしょ。彼らにとってウルメアを生かしていることは、僕達の我がまま。そこにどんな事情があったとしてもね。でも、ハルカさんが言うのなら納得できる。むしろ、ハルカさんにしか納得させられない。それこそがグラナドさんがハルカさんに説得を任せた理由でしょ」

「……よく理解しました。お恥ずかしい……」

「ま、皆と分かり合いたいっていうのはいいことだと思うけどね」


 イーストンの言葉が素直に頭の中にしみ込んでいく。

 やはり自分は人の上に立つ器でないなと思うのと同時に、今の気持ちを忘れないように気をつけようと、俯いたまま耳のカフスをそっと撫でる。

 それから、こうして間違いを指摘したり相談に乗ってくれる仲間がいる自分は幸せだとも思った。


 世間一般の王様というものは本当はもっと孤独なのだ。

 あの気高い女王や、冷徹な王の顔を思い浮かべ、改めてそのすさまじい胆力に感服してしまうハルカである。


「ウルメアがうまくやれるかは、これからの彼女次第だよ。ハルカさんは姿を見た瞬間に復讐されない環境を作ってあげただけで十分。本当なら、ウルメアがいることを伝えないのだってハルカさんに与えられた選択の一つだったはずだよ」


 ほんのちょっとだけ吸血鬼に厳しいけれど、イーストンの意見は正しい。

 ハルカなりにこれに何かを付け足すとするならば、ウルメアにも状況を共有してあげることくらいだろう。

 人は自分で自分がどうしたらいいのか気付くのは難しい。

 ハルカが今道を違えかけていたのと同じように。

 プライドの高かったウルメアが、何もアドバイスなしにうまく関係を作っていくのは難しいだろう。


「陛下、揃いました」


 グルナクの声が耳に届き、ハルカは顔を上げる。

 皆がハルカに注目していた。


「皆さんにお伝えしなければいけないことがあります」


 できるだけ言葉を尽くそうと思った。

 そうして少しでも自分の理想に近づけるべく、彼らの顔をしっかりと観察し、話をしようと思った。

 自分の選びたい道はその先にあるのではないかと、なんとなくハルカはそう感じていた。

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