九百六十八話目 すり合わせ

 話が決まると、それぞれが慌ただしく動き出す。

 食事の用意をしてくれているようだ。


「話がまとまった祝いとして、盛大に歓待させていただきたい」


 グラナドの申し出に対して、ハルカは一度コリンを見てから、ほおをかきながら提案をする。


「それなんですが……、いつもと同じ食事にしてもらえないでしょうか?」

「一生に一度の祝い事だというのに、それでは面目が立たぬ」

「……では、時期をずらして改めてということにしませんか? あなた方はここ一月程、戦の準備をして睨み合っていたのですよね?」


 ここに来るまでの間にコリンはハルカに食糧事情の懸念を伝えていた。この春から夏にかけての時期は、作物を育てるのに大切な時期だ。

 その間軍事行動をして、ひたすらに食料を消費していただけの彼らの食糧事情は間違いなく険しいはずだと。

 満足に耕作地の世話もできなかったとなると、この秋の収穫も期待できない。

 幸い〈ノーマーシー〉の街には規則的に働き、耕作地を増やし続けているコボルトがいるから、そこから融通してもらえれば、飢えて命を落とすことはないだろう。

 それでも、贅沢をしている余裕はないはずだ。


「国の王として、最初のお願いがこんなことになってしまうのは、私としても心苦しいのですが……。まずは、暮らしの立て直しと、国に編入した三種族の連携強化に注力していただきたいんです」

「ぐぬ……、仕方あるまいな……」

「父よ、私が炊事場へ話を伝えてきます」


 グラナドが悔しがりながらも納得すると、グルナクが立ち上がり場を離れる。

 そしてもう一つ、どうしても伝えておかなければならないことがあった。あまり大きな声で話せないので、長二人だけが残ってくれたのはハルカにとってありがたいことだった。


「お伝えしておかなければならないことがあります。耳を貸してください」


 二人が前のめりになったところで、ハルカは覚悟を決めて話し始める。


「ウルメアを、コボルトの街で働かせています」


 ナミブは「ふむ」と思案し、グラナドはあからさまに顔を顰めた。


「彼女は今ではすっかり力を失い、あなたたちが殺そうとすれば易々と殺してしまうことが出来るでしょう。しかし、できることなら殺さないでほしいのです」

「奴には、奴らには煮湯を飲まされた」

「その通りです。それを曲げていただきたいと、お願いしています。彼女は、街でコボルトたちの指示をする役をしていたようです。それなりに……慕われているように見えました。仲良くして欲しいとまでは言いません」

「一族のものが幾人も命を落とし、不遇の死を遂げたと聞いている。私はともかく、特に若者たちがどう思うか……」

「……彼女以外の吸血鬼は、皆倒しました。王であるヘイムも、付き従う吸血鬼もです。なんとか、グラナドさんから、説得をしていただけないでしょうか?」


 グラナドは腕を組んで唸った。自身はハルカのいうことを理解し納得しているが、若者たちの意見はまだわからない。安易に首を縦に振ることは難しかった。


「砂漠の戦士たちと対峙していたものは説得してみせよう。ただ、捕まっていた物たちの説得は、陛下にお願いできないだろうか」

「……わかりました、なんとかしましょう。今晩か明日の朝に、その方達を集めていただくことはできますか?」

「明日の朝になるか。手配しておこう」


 正直なところ、グラナドが触れ合っていたウルメアという吸血鬼は、偉そうな態度こそとるものの、現場の将であるグラナドの事情や意見をある程度考慮する指揮官であった。

 他の吸血鬼たちがじれて文句を言い出す間も、意外なほどん根気強く我慢をしていた。

 そうでなければひと月も睨み合いなど許されるわけがない。

 最後こそ強引であったが、例え他にどんな吸血鬼が指揮官としてきたとしても、あそこまでの時間は稼げなかっただろう。


 ウルメアの行動には明確に、ケンタウロスもリザードマンもうまく使ってやろうという指針があった。


 その辺りを考慮すると、腹の立つ奴だとは思っていても、そこまで強い恨みはなかった。


「……これは本人から聞いた話でしかないのですが、捕虜の扱いはウルメアの管轄ではなかったそうです。場所を決めたところまでがウルメアで、そこから先は街にいた吸血鬼が引き継いだとか。庇うような言葉になりますが、もしウルメアが管轄をしていたとしたら、人質をもっと有効に活用しようとしたでしょう。そのために、人質の生活環境はある程度整えていたのではないかと思うんです」

「……業腹だが、私もその意見には反対できん」

「この冬、こちらが食糧事情に困った場合は、コボルトの街と連携をして、食料を融通してもらうつもりです。今後の効率のためにも」

「陛下よ」


 ナミブがシュルシュルと口から息を漏らした。

 リザードマン達の付き合いから、これが笑いを堪えている音であるとハルカは知っている。


「そこまで言い募らんでも大丈夫じゃ。グラナドはそんなにわからず屋ではない」


 一生懸命に話していたハルカは、グラナドの表情を窺う暇がなかった。一度話をやめて見てみれば、グラナドは困ったような顔をして頷いた。


「……すみません、突っ走ってしまったようで」

「いや、気にしないでほしい。とにかく明日の若者たちの説得もそれくらいの意気込みでやってもらえると良いかもしれんなぁ」


 素直に謝ると、グラナドはすぐに表情を柔らかくして、冗談めかしてそういうのであった。

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