九百六十七話目 条件

「なんかすごいことになったね」

「いやぁ……、本当ですね……」


 イーストンに心の底から同意しつつ、ハルカは相手方が準備できるのを待った。

 話をすることを提案したところ、では皆の前でと言われてここで待っている次第である。

 ハルカたちの後ろにナギが寝そべり、正面に先ほどの三名。そして半円を作りぐるりと周りを囲うリザードマンとケンタウロス。二つの種族に囲まれている今の状況は、普通の人だったら恐怖のあまり気を失ってもおかしくないだろう。


「誰か訓練の相手してくれねぇかな」


 呑気に強そうな相手を見繕っているのはアルベルトだ。


「ちょっとは真面目な顔しなさいよ」

「真面目に探してんだろ」

「ちょっと引っ込んでて」


 話し合いは自分の管轄外。

 聞かれたときだけ答えればよしと考えているのがアルベルトだ。

 コリンの言葉は届きそうにない。


「はぁ……、緊張しますね。これだけたくさんいると、言ってしまったことって取り返しがつかないですし」


 視線の数だけ銃口を向けられているような気分だ。

 魔素砲を何発撃たれたところでハルカの体は傷つかないので、あくまで物の例えでしかないけれど。


「ハルカは冒険者を続けながら王様するですよね?」

「ええ、今までと変わらずです。見回りをする頻度は上がるかもしれませんが」

「だったらそれを伝えればいいだけです。……向こうだって緊張してるです」

「してるんでしょうか? 先ほどのやり取りを見ていると、そうは思えませんでしたが」


 モンタナはハルカの顔を見て、すぐに逸らしてから僅かに口角を上げて答える。


「みんながみんな、顔や態度に出るわけじゃないですから」

「……私の顔って、そんなに分かりやすいですか?」

「慣れるとわかりやすいです。慣れないとわかりにくいです」

「なるほど……」


 元から腹芸が得意なわけでないので仕方ない。

 為政者となるなら身につけておきたい技術だが、ハルカ本人がそれに関してはあきらめ気味だ。常に政治のかじ取りをするわけでもないし、すぐにどうにかできるものでもない。

 王様をするとは言え、積極的に交渉の場には臨みたくないというのが本音だ。

 実際のところ、交渉する相手なんていうのは大概が慣れていない相手のはずなので、とりあえずは問題ない。


 近隣にいるすべての人員が集まったのか、ナミブが咳ばらいをしてハルカたちの気を引いた。


「儂らの主張は先ほどの通りじゃ。大多数の賛同を得たうえで、先ほど願いに上がった。ハルカ殿の意見を聞きたい」


 どうやら話を主導するのはナミブのようだ。

 ケンタウロスの親子よりも、ニルよりも年寄りだというのだから、このリザードマンは相当な長老なのである。

 節度がある落ち着いた問いかけは、ハルカからしても落ち着いて話すことが出来るので非常に助かる。


「引き受けるにあたって、いくつか先にお伝えしておきたいことがあります」


 引き受ける、という言葉を聞いた時点でケンタウロスの親子の目が輝いた。

 それでも黙って座っているのは、この場に群れの仲間たちの姿があるからだろう。


「まず一つ。王という役割を引き受けたとしても、私はこの辺りに常駐できません。皆さんの守るべき規則を考えたり、訪れたときに困りごとの解決に取り組むような形になります。普段はそれぞれにまとめ役を用意して、今までと似たような形で過ごしていただきます」

「うむ、それでは一方的に世話になるばかりじゃ。いざという時に傘下に入った我々は、ハルカ殿の力になることも承知おきいただけるのならばそれでよい」

「ええ、それはもちろん。それから二つ目は、他種族との友和です。街に住んでいるコボルトたち、他、互いに手を取り合える種族とは積極的に交流し、諍いを減らしたいと考えています」


 ナミブは返事に少しためらってから、慎重に言葉を発する。


「例えば……、襲われたときの反撃は?」

「必要でしょう」

「襲われそうなときの先制攻撃は?」


 難しいところだ。

 ただ侵略や捕食目的でなければ、それも仕方ないことのように思える。

 別にハルカは自分たちの傘下に入ったものたちが無抵抗でむざむざと殺されるのが見たいわけではない。


「……都度判断してください。いちいち私を待っては間に合わないこともあるでしょうから、良識にお任せします。できうる限り対話を試みていただきたいですが、それでも上手くいかないことがあることは知っています」

「なるほど、承知した。今までと大差ない暮らしになりそうじゃ。では力比べはどうじゃ?」

「それはもちろん節度を守ってご自由に」


 そこまで禁止をすると冒険者という職業についているハルカはどうなのだという話になってくる。

 アルベルトたちなんて訓練で毎晩のように大けがをしている。


「懸念があるとすれば……捕まっていたケンタウロスの方々は、コボルトたちに隔意はありませんか?」

「奴らに隔意を持つのは相当に難しいだろうな。余計なことをするなと言い含められていたのに、我々にこっそりと雨を避ける屋根を提供してくるような奴らだ。時折食事も運んできてくれていた。感謝すれど怒りの感情など持ちえない」

「それはよかった……」


 コボルトたちはどこまでいってもそんな認識を持たれているようだ。

 あれも一つ、生き残るための処世術なのかもしれない。


「……では、以上のことに異存がなければ私はこの辺り一帯のまとめ役としての王の役割を受け入れます」


 何やら悪あがきのような修飾をたくさんしたハルカだったが、その瞬間にわっと空気が揺れるような歓声が上がったことで、目を丸くして黙り込んだ。


「では改めて、ほれ、先に言うがいいさ」


 騒がしい中でも話は続く。

 グラナドが大きく咳ばらいをして、頭をさげながら短い口上を述べる。


「我ら草原の戦士は、恩あるハルカ様に忠誠を誓う」

「うむ。我ら砂漠の戦士もまた、陛下に忠節を捧げる。受けてくださるならその旨を皆に聞こえるように宣言していただきたい」


 ハルカにぎりぎり届くくらいの声でナミブが囁く。

 両陣営のトップが首を垂れているのを見て、周りの完成はゆっくりと静まり、やがてまた辺りには静寂が戻った。


「……受け入れます。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 先ほどよりもさらに大きな歓声が上がる。

 今度はハルカも驚いたりはしなかった。

 歓迎されていることを少し喜び、その責任の重さに胃が痛むような思いを抱えていた。


 混沌領のリザードマンの里、砂漠のリザードマンの戦士、草原のケンタウロスの戦士、そしてコボルトの〈ノーマーシー〉の街。そして、旧忘れ人の墓場にある【竜の庭ドラゴニックガーデン】の拠点。

 北方大陸において、ハルカがひそかに大きな勢力の一角となった瞬間であった。






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お誕生日、皆さまに星を頂けたことで日刊10位まで上がれました。

ありがとうございます……!

久々の上昇だぁ!


私ただいま三巻の原稿を今ゴリゴリやっております。

楽しんでいただけるよう頑張ってきますね……!

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