九百四十三話目 犬の伝令さん走る
「平原にすんでたのと同じ種族でしょ? すぐ仲良くなれるんじゃない?」
「そうだといいんですけどね。どうもあの感じだと、随分怖がられてしまった気がします」
コリンに緊張をほぐすような話をされながら、ハルカは階段一つ飛ばしで昇っていく。急いでいるつもりはないのだが、妙に段差が低いため、自然とそうなってしまっていた。
階段を昇り城壁に足をかけると、頭を押さえてお尻だけあげているコボルトの集団が目に飛び込んできた。本人たちは体を震わせて怖がっているようだけれど、その光景はかわいらしく、どうしても深刻な雰囲気になるのは難しい。
二人は目を見合わせてから、ふっと思わず笑ってしまった。
時折そーっと顔を上げたものが、ハルカたちを見てぴゃっとまた頭を伏せるのも、どこか滑稽でかわいらしかった。
ハルカはしゃがんで手前にいるコボルトに問いかける。
「すみません、この街のコボルトの代表にお会いしたいのですが」
話しかけられたコボルトは、はじめ頭を伏せたままだったけれど、やがて恐る恐る左右を見てから、上目遣いで顔を上げ、自分のことを指さした。
「はい、あなたです」
「え、えと、えっと、僕たち、五人一組で、組長がいます、です!」
「その上には?」
「いないよ、です!」
「なるほど……、ありがとうございます」
吸血鬼はコボルトたちを組織的に動かさないようにしていたようだ。
五人を最大のグループとして、結束を固められないように統治していたということだ。
数が多いのに結束されて反乱でも起こされたら面倒だし、殺してしまっても吸血鬼にとっては食料が減るだけである。どう反乱を防ぐかについては、結構しっかりと考えられていたのかもしれない。
「皆さんをそこの門の前にある広場に集めることはできますか? お話ししたいことがあるんです」
「あ、集めても、怒られない? です?」
「怒りませんよ。怒る吸血鬼は皆いなくなりました」
「じゃあ集める! です!」
すっくと立ちあがったコボルトは、たったったと素早く伏せているコボルトたちの周りを走り回りながら大きな声を出す。
「門前広場にみんな集めて! 怖い人お話しあるって! 集まっても怒らないって!
コボルトたちはそっと顔を上げて、ハルカの方を見てから近くの仲間と「怒らないみたい?」「話?」とコミュニケーションをとっている。
一方で走り回っているパグのような顔をしたコボルトの、『怖い人』という言葉を聞いたハルカは微妙な表情である。
「まぁ、話せば怖くないって分かってもらえるんじゃないかなぁ?」
「そうだといいんですけど……」
「ほら、怖い人だって思われてるから、滞りなく話が進んでるわけだし! ね?」
そうだけど、かわいらしいコボルトたちに怖がられるのは本意でないハルカである。素直に撫でさせてくれるモンタナの耳でも触って心を癒したいところだ。
しばらくすると駆け回っているのとは違う、白いモフッとしたコボルトが数人を引き連れてやってきてもじもじし始める。
「どうしました?」
「あの! 街の仲間にも、話してきたほうがいい?」
「あ、はい、そうですね。ぜひお願いします」
「はい!」
どたどたと短い足で階段を駆け下りていくコボルト。
ああ、階段の一段が低かったのはこのせいかと納得したハルカである。
つまりこの城壁は、吸血鬼たちのためではなく、コボルトのために作られたものなのだろう。
ハルカは振り返ってごちゃっとした武骨な砦を眺める。
吸血鬼は住んでいないようだったから、きっと支配される前はコボルトの軍隊がそこで暮らしていたのだろうと想像することが出来た。
彼らは銃の整備なんかもできる。
機械関係や、手先の細かい仕事をするのが得意なのだ。
空から急襲できる吸血鬼だからこそ、容易くこの拠点を落とすことが出来たが、そうでなければ中々に堅牢な砦である。
海の方面にもいくつもの砲身が向いているから、全方面対応型の砦だとわかる。
コボルト。
かわいらしいけれど、意外と油断ならない種族なのかもしれないとハルカはぼんやりと考えていた。
ゆっくりと、ただ確実に街中に先ほどの伝言が伝わっていくのがわかる。
あちこちで「お話し」「集まる」と一緒に「怖い人」が頻出ワードになっている。
いちいち聞こえてしまうから、耳のいいのも考え物だなとハルカはため息をついた。
コボルトたちの邪魔にならないように、そっと階段を下りていくと、アルベルトとモンタナが走ってくる。
なぜか刀が分解されて、柄が外れてしまっているようだ。
「ど、どうしたんですか、それ」
銘を確認するために、ただ手順通りにモンタナが解体しただけなのだが、武器の仕組みをよく知らないハルカは少し焦る。
「これ、鉄徹斎って人が打った、【餓狼】って名前の剣だってわかったですよ」
「ほら、俺がクダンさんからもらったの【貪狼】って名前だろ!? なんか関係あるんじゃねぇかなって!」
勢い込んで報告した後は、モンタナがこんこんと叩きながら柄を元に戻している。
壊れていないことに一安心したハルカは、話を続けるアルベルトに向き直る。
「お、おおー……。そうなんですね。あれだけ振り回しても曲がってないの、不思議ですし、きっといい刀なんでしょうねぇ」
「そうなんだよ! ハルカも振ってみるか?」
「……一度だけ、ちょっと振ってみても?」
「よし、モンタナ、まだか?」
「もうちょいです」
すっかり少年モードに入ってしまったハルカに、コリンは肩をすくめ、一声かけてからその場を離れていく。
「私ヴァンパイアルビー全部回収してくる―」
「あ、はい、お願いします!」
今回の件でヴァンパイアルビーに今まで知らなかった力があることがわかってしまった。放置しておいていいものではない。
そもそも非常に高価なものなので、置いて帰るという選択肢などないのだが。
「できたです」
赤黒く、怪しい艶をだす刀【餓狼】。
それを掲げたモンタナに対して、ハルカは「おおー……」と言いながら小さく手を叩くのだった。
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