九百四十四話目 リザルトマイナス
素材もよくわからないその刀は、見れば見るほど名刀、のような気がした。
ハルカは手にとって、何度か軽く振ってみる。
そして結局よくわからずに、慎重に鞘に収めた。
「なんかかっこいいよなー、これ」
「そうですね、なんかかっこいいです」
アルベルトと同じく、なんだかかっこいい刀だ、という結論にしかならなかったハルカは、大いに賛同して深く頷いた。
「それ、話すとき持ってくといいです」
「刀は使わないですし、返しますよ」
「いや、持ってきなよ」
モンタナの提案を断ろうとすると、イーストンが歩いてきてモンタナと同じことをいう。
「ヘイムの武器を持ってたら、言うことに説得力が増すでしょ?」
「ああー……、なるほど。しかし、怖がられないでしょうか?」
「すでに怖がられているから手遅れだろうなぁ」
妙に楽しそうなニルに現実を突きつけられて、また少し落ち込むハルカ。コボルトの見た目がかわいらしいだけに、怖がられるのは結構心にくる。
そんな個人的な感情はさておき、ハルカはコボルトたちが集まってきたら、状況を説明してやらないといけない。
吸血鬼たちの支配が終わって、以前のように自由に生きていいのだと伝えるのだ。
「……そういえば、コボルトたちは思ったよりも元気に自由に暮らしていたようですね。数も多いようですし」
ハルカがふと思ったことを口にすると、カナもそれに同意して頷く。
「うん、エトニア王国はかなり酷い有様だったのだが……。一体何が違ったのだろうな」
「……多分だけど、コボルトの性格とか、生き物としての習性とか寿命とかの問題じゃないかな」
やや眠たそうにしているイーストンが、ハルカたちの視線を集めながら言葉を続ける。
「好奇心旺盛で臆病で、でも楽観的。多産で寿命が三十年くらい。つまりさ、今のコボルトたちって多分、吸血鬼に支配されてるのが当たり前になってたんじゃない? 彼らからすれば、自由でいた時代って、ひいお爺さんとかの頃の話だから」
「吸血鬼たちが締め付けなくても、コボルトたちはいうことを聞く存在だった、ってことだろうか?」
「ま、そうだろうね」
「……それってつまり、私たちがやったことは……、庇護者をまとめて討伐しただけ、ってことでしょうか?」
ハルカが恐る恐る尋ねると、イーストンは少しだ間を置いてからこくりと頷いた。
「うん、まぁ、悪い言い方をするとそうなるのかな? いや、でもどうだろうね。集まったとこころで反応を見たらはっきりするんじゃないかな」
「なんだか、余計に話をしたくなくなってきました……」
この仮説が正しいとしたならば、コボルトたちがハルカのことを『怖い人』というのも当たり前である。
一気に心が重たくなったハルカは、現実から目を背けるうちに、もう一つ大事なことを思い出した。
「あ」
「なんです?」
落ち込んでいるハルカの手をとって、いそいそと自分の頭に乗せていたモンタナがハルカを見上げる。
「あの、ケンタウロス族の人質になっている方々を探して解放してあげないとと思いまして」
せっかくだからと、柔らかくさらりとしたモンタナの耳を撫でながらハルカが答える。
「うむ、そこもコボルトたちに確認してもらった方が早かろう。陛下、威厳のあるのを一発頼むぞ」
「ニルさんがやってくれてもいいんですが」
「ほう、儂がやってもいいのか! ようし心得た、では陛下は儂の横に凛として立っていてくださればそれでいいぞ!」
「……やっぱり自分で話します」
「遠慮せずともいいのに」
「いえ、やります」
なんだかよくわからないけど嫌な予感がしたハルカは前言撤回して、自分で話をすることに決めた。賢明な判断と言えるだろう。
「よーし、これでヴァンパイアルビー全部集めたよー」
コリンがまだ手が少し汚れたまま、ほくほく顔で足取り軽く戻ってくる。
「あのさ、コリン」
「ん、何、イースさん」
「これまで僕が渡したヴァンパイアルビーってもう売っちゃった?」
「ううん、別に急いでさばく必要ないから全部保管してあるけど」
「ああ、そう。だったら悪いんだけど、今日手に入った分も含めて全部保管しておいてもらえないかな? 食べてああなるってわかっちゃうと、ちょっと吸血鬼の手に渡るのは怖いし」
コリンは視線をすーっと虚空にずらし、それから手元の袋の方へとゆっくりと移動させる。
その間に、今拠点にある分とここにある分、全てをうまいこと売り払った時の金額を計算していたのだ。
総額にするとおよそ金貨数千枚分になる。
日本円にすると、およそ数億円。
コリンは心の中に住まう商人魂が抗議の声を上げるのを理性で押さえつける。そうして眉をへにょっと項垂れさせて答えた。
「だよねー……、わかったぁー……」
「……いや、どこかでなんとか補填するからそんなに落ち込まないでよ」
「ううん、仕方ないことだしいいよー、だいじょうぶだから、これ、お願いします」
がっくりと元気をなくして袋をイーストンに預けたコリンは、ふらりふらりと歩いてハルカの肩にごつんと額をぶつけ、ぐりぐりと押し付ける。
ちょっと久しぶりの左にモンタナ右にコリンだ。
コリンの元気のなさを憐れみつつも、コボルトに怖い人扱いをされて傷んだ心を、こっそりと癒されるハルカであった。
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