7章 後始末と前準備
九百四十二話目 戦後処理と密談
上空で様子を窺っていたナギが、ハルカの勝利を見ると空に向けて喜びの雄たけびを上げて、ゆっくりと降りてくる。
それほど大きな声ではなかったけれど、コボルトたちにとっては大層恐ろしかったのだろう。
逃げ出そうとしていたものたちも耳を伏せ、尻尾を丸めてぺったりと地面に這いつくばった。
「後ろに通してしまってすまない。怪我は……、ないようだな」
慌てて走ってきたカナが、そっと下したハルカの手をとって怪我の有無を確認する。そうして無事であることを確認すると、ほっと息を吐いて気の抜けた笑顔を見せた。
打ち合っていたカナであれば、ヘイムの力に関しては十分に理解しているはずだ。
その攻撃を体で受け止めて無事であるハルカが異常であることも、間違いなくわかっている。
それでも心配だけをして、余計なことを聞いてこないのがカナの人柄を示していると言えるだろう。
「ご心配ありがとうございます」
「いや、ハルカさんが丈夫でよかった……」
そうこうしているうちに、アルベルトが歩み寄ってきて、ハルカの足元にしゃがみこんだ。
ヘイムの灰の中に、一振りの刀が残されていたのだ。
無茶苦茶な使い方をされてなお、曲がりも歪みもなく、アルベルトが手に取ると、ぎらりと太陽の光を反射する。
鞘も掘り出したアルベルトは、そのままモンタナの下へ行くとその刀を見せて何か話を始めた。
「モンタナ、これ凄くね?」
「……名刀です。主に【朧】の鍛冶師が作る剣です」
二人してしゃがみこみ頭を突き合わせての議論が始まってしまった。
すっかり少年心に引きずられてしまった二人に、今この場をどう収めようかなんてことはどうでもいいことだった。
「しかし、どうしましょうか、これ」
おめでと、とでも言いたいのか、顔を寄せてきたナギの鼻の頭をなでながら、ハルカは城壁を見上げる。
コボルトを随分と怖がらせてしまった。
ここから何をどう進めれば、円満に話が進むのかがわからない。
「ここはひとつ威厳をもってだなぁ」
「ニルさん、私あまり怖がらせたくないのですが……」
「手遅れじゃないかなぁ」
イーストンがぽつりとつぶやき、ハルカは言葉を詰まらせた。
「誠実に説明を重ねるしかないのでは?」
「ま、そだよね。とりあえずコボルトの中のまとめ役に出てきてもらってさー、お話ししてみようよ。ほら、あそこ階段あるよ」
カナの真っ当な意見と、コリンの提案に後押しされて、ハルカは示された階段へ歩き出した。早めに事態を収束させないと、コボルトたちの不安をあおるだけだ。
これからこの街をうまく運営してもらわなければいけないのだから、関係は良好にしておきたい。
「では……、コリン、ついてきてもらえますか?」
レジーナは態度が、ニルとアルベルトは見た目が威圧的だから駄目。イーストンは吸血鬼に近い容姿なので保留。モンタナは刀に夢中なので同じく保留。カナにはものを頼みづらい。
ここは柔軟に対応できるコリンにサポートしてもらうのが適切だ。
「いいよー、コボルトかわいいし」
二つ返事をくれたコリンを連れて、ハルカは憂鬱そうな表情で階段を上がっていく。十三階段を昇っているような気分である。
体の調子はいたっていいけれど、精神的には吐きそうだった。
「ほーら、ハルカ、笑顔笑顔」
「……笑顔だったら、それはそれで怖くないですか?」
「うーん、まぁ、そうかもしれないけど……」
コリンとしてはハルカの整った容姿が相手に威圧感を与えることを知っているから、ハルカが望む交渉の場を設けるためには、ゆるっと気の抜いた感じで行って欲しいと思っている。
コボルトは見た目がかわいらしいから、緊張さえしていなければハルカの表情も柔らかくなるのだが、今は駄目そうだ。
仲良く話をしながら階段を登っていく二人を見ながら、腰に手を当てたニルがカナへ語り掛けた。
「カナ殿、どうだろうか、我らが王は」
「どう……、とは?」
「うむ、儂はこの海に囲まれた領土、〈混沌領〉というのだったか? ここを陛下に治めてもらいたいと思っている」
「……ハルカさんを悪く言うわけではないが、王に向いているとは思えない」
「同感」
「うぅむ、儂はいいと思うんだがなぁ」
カナとイーストンから反対されたニルは、腕を組んで唸った。
それからはっと思い出したように、もう一人近くにいた人物、レジーナに声をかけてみる。
「レジーナはどう思う?」
「あ?」
「聞いておらんかったな。儂は陛下をこの〈混沌領〉全ての王としたいのだが、どう思う?」
「……いいんじゃね」
「だろう!?」
ようやく賛同を得られたニルは、身を乗り出して喜んだ。
「レジーナはどうしてそう思うの?」
イーストンに尋ねられたレジーナは「知らねぇよ」と答えてから、しばらく黙り込む。
何かを考えている風なのを察して、三人の年配者が静かに待っていると、やがてレジーナは再び口を開いた。
「……ちょうどいいだろ、あれぐらい甘いぐらいが。強ぇし。王だかなんだか知らねぇけど、こうやってうろうろして話をするだけだろ?」
カナとイーストンは、いや、王様の仕事ってそうじゃないと考えたが、ニルは途端に哄笑した。
「よーくわかっておる! それでいいのだ! 我らは戦いが好きだ。強いものが好きだ。自分より圧倒的に強いものがこうしろといえば素直に聞くのだ! 戦いに決まりを作り、飯の確保の仕方を考え、たまーに顔を出して、緊張感を与えてくれればそれでいい。それで我らは仲良く争いながら生きていけるのだ」
「うーん、そういうのは本人に相談した方がいいと思うんだが……」
カナが至極真っ当なことを言うと、ニルが開き直って答える。
「相談したら引き受けてもらえんだろ」
「分かってるなら余計にちゃんと聞きなよ……」
この話がハルカの元まで伝わるかどうかは、聞いていた三人次第である。
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