九百四十話目 ヘイム=ケイネ=グブ=カルダス

 じわじわと自分たちが狩られる側であるという自覚が出てきたのか、吸血鬼たちは仲間同士でいくつか言葉を交わしていた。

 その間にもハルカたちは距離を詰めていく。

 魅了の魔法を警戒するならば、いつまでも中距離を保っていても良いことなどないからだ。


 一時は空を見上げ、逃げ出すことも考えていたように見えた吸血鬼たちだったが、ハルカたちが接近すると、その顔をゆがめて武器を構えた。

 一斉に襲ってくる血を凝固させての攻撃も、もはや見慣れたものだ。

 危なげなく迎撃をし、戦いの第二幕がきって落とされた。



 一方でカナは中々決着をつけられずにいた。

 能力を抜きにしたときどちらの方が強いかといえば、圧倒的にカナに軍配が上がっているのだが、このヘイムという吸血鬼、能力の操作が図抜けている。


 血液のを操っての波状攻撃は、ぎりぎりまで液体を維持しているせいで、はじくために非常に繊細な技術を要するし、動きを読もうと視線を合わせるや否や、魅了を放ってくる。

 洗脳されるほど軟ではないが、その度動きに一瞬の空白ができて、ヘイムに息を吐く時間を与えてしまっているのが現状であった。


 多人数を相手にすることや持久戦は得意なカナであるが、短い期間での少人数戦は得意としていない。

 

 ただ、飽くまでこれはヘイムが防御に徹してるからこそ成り立っている戦いだ。

 焦っているのはカナではなく、ヘイムである。


 一度反撃に転じようとしたヘイムだったが、その瞬間に左の肩をカナの槍にえぐられた。咄嗟に血液を集めて攻撃を逸らしたにもかかわらず、鉄の硬度を誇る硬化した血液を削って体まで到達したのだ。

 正面から受け止める形で防御していたら、あっという間に心臓を貫かれて戦いが終わっていたことだろう。


 しかもその抉られた傷が治らない。

 夜と同じ状況であるはずなのに、何らかの力で回復が阻害されていることをヘイムは理解した。

 そこからはもう、防御一辺倒である。

 そうしながらも、目をぎらつかせ反撃の隙を作るべく試行錯誤していた。


 ヘイムは何度目になるかわからない、フォルによる足元への急襲を、体を一瞬崩すことによって回避する。そのまま距離を取ってしまいたい気持ちはあったが、それを何とか我慢していた。

 相手は人間なのだから、いつかは疲労するはず。

 疲労するならばそのうち殺せる。

 最近はすっかりだらけた日々を送っていたが、ヘイムは戦い続けることに自信があった。


 数百年の間、島国でばかげた戦いを続けてきたのだ。


 あの島国の連中ときたら、人質を取ったとしても七割ほどは言うことを聞かない。

 恥だとかなんとかいって「さっさと殺せ」と返してくるような、実に扱いづらい連中だった。

 例え支配してもやはり誇りがどうとか言って、自死する始末だ。

 年中戦い、簡単に命を投げ出す奴らとの付き合いはもううんざりだった。 


 六百年戦い続け、たまに化け物のような人から逃げては、新たな土地を支配した。

 しかし、殺しても殺しても湧いてくる人に耐えきれなくなったヘイムは、ついに大型船を作りこの大陸の辺境までやって来たのだ。


 ヘイムにとってこの広い大地は天国のようだった。

 コボルトや大陸の人は支配しやすい。

 身内を人質に取られたら、素直に言うことを聞くし、人口に対して頭のネジが外れている人物が少ない。

 御しやすい土地、そう思っていた。

 ここならば広大な国を作り、だらだらと生きられると思っていた。

 そのためには自分以外がいくら犠牲になったところでどうだってよかった。


 まだ戦える。

 戦力は整えた。

 配下の吸血鬼連中はそれはそれは自信満々に自分の強さを語っていた。


 だからこそ、自分がこのネジの外れた例外を抑えていれば、そのうち加勢にやってくるはずだった。その頃には相手も疲労している、そんな計算でヘイムは攻撃をしのぎ続ける。

 時折聞こえる爆発音、悲鳴。

 しかしヘイムにはそちらを確認する余裕などほんの髪の毛一本程にもない。


 ヘイムは一つ計算違いをしていた。

 自分が戦いの場で生きてきたから、大陸の吸血鬼もそうであろうと思い込んでいたのだ。

 自分よりは劣るにしても、同じ吸血鬼なのだからそれなりに使えるだろうと、勝手に考えていたのだ。


 【神龍国朧】は戦をし続けて早千年以上のどうかしている国である。

 そこからやって来たヘイムは、この大陸の事情など知ったことではなかった。


「ヘイム! 王よ!! 何とかしてくれ!」


 情けない声が自分の背後から聞こえてきたとき、ヘイムは愕然とした。

 状況を把握するために血液で壁を作り、無理やりにカナと距離を取ろうとする。


 視界を遮ったはずなのに、正確に心臓めがけて伸びた槍を体をひねって避ける。

 体を崩すのが間に合わないと判断してのことだった。

 脇腹に本日二つ目の傷を受けて、思わずヘイムは舌打ちをした。


 体を崩して距離を取る。

 これで今まで我慢してカナの相手をしてきた時間も台無しである。


「なんだというんだ!?」


 怒りに任せて叫び、声の主の方を見ると、情けなくも傷だらけの吸血鬼が五人ばかり待機していた。

 そして正面には、そいつらが倒すはずだった者たちが、傷一つなく立っている。


「……負けたのか? あの人数をかけて?」

「わけのわからない攻撃をしてくる! 傷が治らんのだ!」


 そんなことは最初の一撃で分かることだ。

 おそらく自分が一番強い相手と戦っているのに、その他を、あの人数かけて倒せなかった愚かな仲間、いや大陸の吸血鬼たちに絶望していたのだ。


「……なるほど」


 ヘイムは即座に判断をする。

 戦いの場での迷いは死を招くことを、ヘイムはよく知っていた。

 ヘイムの血で作られた武器が、近くにいた吸血鬼達の心臓を貫く。


「なにを!?」


 驚いたのはカナだった。

 ヘイムは、驚愕の表情のまま崩れ去っていく吸血鬼たちを、苛立ちを隠すことなく見つめていた。


 驚いてくれたおかげでまたほんのわずかに時間を稼げた。

 ヘイムは灰の中に埋もれたヴァンパイアルビーを、血液を操作して手元に集める。


 最後の手段、使いたくない手だった。


 ヘイムは集めた紅い宝石を、次々と口へ放り込み、ゴリゴリと咀嚼して呑み込む。


 これをやった後は、酷く頭が痛むのだ。

 食べた直後は冷静な判断力もなくなり、しばらくの間自分が何をしているかもよくわからなくなる。

 おぼろげながら覚えているのは、言葉も話さず、よだれをたらしながら暴れまわる、醜い自分の姿だ。


 使いたくない手だった。

 しかしまぁ、生きるためなら仕方がない。


 体中が沸き立つような妙な高揚感。

 意識がぼんやりとして、口から自然と笑いが漏れ出す。


 どうしようもない破壊衝動に、ヘイムはその身をゆだねることにした。

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