九百三十九話目 順序
アルベルトたちが自然と連携しているのに対して、吸血鬼たちはてんでばらばらな動きをしている。
互いに体をぶつけたり、ののしり合っているものまでいる始末だ。
この調子だと、集団でないほうがまだ手ごわかったかもしれない
吸血鬼たちが忘れない程度に後ろから魔法を放っていたハルカの耳が、風を斬る音をとらえた。
障壁を張ってから振り返ると、目前まで剣が迫っており、先ほど弾き飛ばした吸血鬼が、正に鬼の形相でその場に立っていた。間を置かず両サイドから迫っていた、血液を操作した鋭利な刃による刺突も障壁で防ぐ。
「魔法使いが、ふざけた真似を……!」
一撃のもとに弾き飛ばされたことをよほど腹に据えかねているらしい。
次々に繰り出される攻撃を、ハルカは障壁で防ぎ続ける。
肉体でそのまま受けてもダメージはないかもしれないけれど、ノクトからあまりそれにばかり頼らないように言いつけられている。本来、咄嗟に魔法を使えない魔法使いなど、チームにいたら邪魔にしかならないのだから、と。
ふーふーと息を吐きながら攻撃を続けていた吸血鬼は、攻撃が通らないことがわかると、一度その手を休めて距離を取ろうとしたのか、姿を崩して蝙蝠の姿で後方へ移動する。
ハルカはそこへ即座に火球を作り出し爆発させ、煙に乗じて僅かに空を飛んだまま距離を詰める。
吸血鬼と戦う時には、あまり距離を置いて会話をしないこと、目を見すぎないことなどのアドバイスをイーストンから受けている。魅了の魔法を使われるのを避けるためだ。
余裕がなかったり、こちらの気持ちが張り詰めていたりすると、魅了魔法というのはかけるのが難しいのだとか。
ハルカの場合たとえかかったとしても、僅かばかりこめかみに違和感が走るくらいのものなのだが、だからといって無駄に隙を与える必要はない。
蝙蝠から人型へ変わった直後の吸血鬼の、僅かに焼け焦げた体は一瞬にして再生する。不意に心臓さえ砕かれなければ夜の吸血鬼はダメージを受けたりしないのだ。
ただ鉄壁の防御がいかんともしがたいことにイラつき、顔を上げた吸血鬼はぎょっと目を見開いた。
ハルカが目の前にいて、その手のひらが体に向けられていたからだ。
最初に猛スピードで飛んでくるハルカにひかれたというのに、それを忘れていたのだ。あまりに訳が分からない動きだったせいで、わかっていても脳内の判断基準から除外していたともいえる。
吸血鬼が再び体を崩すよりも先に、ハルカの指先がとん、と吸血鬼の心臓付近に触れる。
吸血鬼の体の表面温度が急速に下がり、動きが鈍くなる。
反撃をと伸ばした手の動きは緩慢で、まるでハルカに助けを求めるかのような形のまま、吸血鬼の体は凍り付いていく。
やがて完全に停止した吸血鬼の形の氷は、ゴロンゴロンと屋根の上から転がり、地面に落ちて砕け散った。
再生する様子はない。
ハルカはそれを見下ろして、頷きながら呟く。
「完全に凍っている状態だと再生できないみたいですね……」
とはいえいつ動き出すかもわからない。
ハルカは魔法で石の弾丸を作り出すと、凍り付いている吸血鬼の心臓辺りを打ち抜いた。
殺し合いの戦場であるとはいえ、やはり嫌な気持ちにしかならないのだが、それでもハルカは今この瞬間には考えることをやめて戦況を見守った。
アルベルトたちが対峙している吸血鬼たちも、徐々に自分たちが劣勢であることに気が付いたのか、殺される前に体を崩し、屋敷の陰などに避難していく。追いかけると不意打ちをかけられるのは間違いないだろう。
本気で逃げにまわる吸血鬼を捕まえて殺すことは難しい。
ハルカの近くには誰も来ていない。
気配の察知とかが得意でないハルカは、一度見失ってしまうと敵を見つけるのが難しい。
素直に屋根の上から降りて、仲間たちと合流した。
「怪我をしている人は……」
さっと見回すと、どうやら軽い切り傷がある程度で大きなけがをしたものはいないようだ。ハルカはさっと仲間に触れてそれぞれの怪我を治す。
それから吸血鬼達が避難した屋敷の方を見て、尋ねる。
「あのあたり、吸血鬼以外に人はいますか?」
「いないと思うですけど」
モンタナの目は壁などを数枚隔てていても、ぼんやりとその向こうにある魔素を捉えることが出来る。
ハルカはこれまでもその力を頼って来たし、今回も疑うことはしなかった。
「では壊します」
ハルカが全ての屋敷の中に火球を作りだしていると、隣にいたコリンが袖を引いてきた。
「ね、今なら全員捕まえられんじゃない?」
コリンが言いたいのは、彼らをウルメアのように捕まえて戦闘できない状態にしなくていいのかということだ。殺したくないのならそんな手段もあることを、ハルカに伝えてくれたのである。
「……ウルメアは、カナさんを見たとたん逃げたんでしょう? 捕まって私たちを見た時も悲鳴を上げていました。彼らは私たちが来たのを見ても逃げませんでした。逃げられる機会があったにもかかわらずです。今だって空へ逃げるのではなく、ああして反撃の機会を窺っています。……であれば、私は戦いうち倒すことを選びます。もし、逃げ出すものがいたその時は、捕まえて……考えさせてください」
「そっか、わかった」
コリンが頷いたところで、ハルカは火球の位置を再度確認、そして破裂させる。
轟音と共に屋敷が内側から膨れ上がるように壊れ、資材があたりに飛び散っていく。
わけのわからぬまま衝撃にさらされた吸血鬼たちは、資材の中で体を再生し、目を白黒させながらその姿を現す。
隠れる場所はもうない。
ハルカは戦うと決めた後も、次々と湧いてくる行動への疑念を押さえつけて、立ち上がる吸血鬼達を見つめていた。
倒しておかなければならないという思いと、できれば戦う意思がくじけていて欲しいという願いが自己矛盾する。
ただここにいる吸血鬼たちがやって来たことを聞いたうえで、ただそのまま好き勝手させておくわけにはいかないということだけは、心の中ではっきりと決まっていた。
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