九百三十八話目 天敵
空を覆う血煙のドームに合わせて、ハルカもこっそりと障壁を展開する。中で全ての決着をつけるつもりだ。
その間にカナがフォルの背に跨り、腰につけた遺物を起動させる。増えた二本の手は、フォルの胴体に括り付けられた槍を一本ずつ手に取った。
元々の両手にも槍を一本構えているから、これで三本持ちである。
「約束通り、私がヘイムを」
言葉を吐いたとき、カナは既に駆け出していた。
それに合わせるようにして、ハルカは障壁同様、動作なくセットした魔法を吸血鬼たちの左右背後から一斉にはなつ。
外側に立っていたいく人かの吸血鬼が、風の刃が通過するのと同時に両断。さらにそのうち数人は、心臓を破られ、声を上げる間もなく灰へと姿を変える。
風の魔法はびょうびょうと音を立てて目立つことだけが欠点だ。当然姿を一瞬崩して刃を免れたものの方が圧倒的に多かった。
それでも開始数秒で二桁近い数を減らすことができている。
吸血鬼たちが魔法に対応している間に、アルベルトたちは走っていた。
先頭はモンタナ。
魔法を消すのと同時に、ハルカは空を飛んで仲間たちの後を追う。ここから先は吸血鬼たちの邪魔をすることに専念するつもりだ。
地上でアルベルトたちが暴れているのに、上空を気にしなければならない状況は、吸血鬼たちにとってかなり厳しいものとなるはずだ。
いざ交戦、となる前にハルカは一度振り返り、カナの戦いを確認した。
ヘイムから放たれる血の杭を、遺物が装備している槍が次々と払い落としていく。絶え間ない攻撃の中、フォルは止まるどころか、カナが杭弾くたびに力強く加速していく。
手に持っている槍は、陽光のような輝きを見せている。そしていざ交差というタイミングでカナはフォルから飛び降り、その槍を思い切り振りまわした。
驚愕の表情を浮かべたヘイムだったが、カナの接近を許すと対応すべくしっかりと剣を抜いた。ヘイムは赤黒い色の刀を、軌跡を残しながら力強く振り切る。
金属同士のぶつかる甲高い音が響く。
地面を滑るように後ろへ下がったヘイムは、不愉快そうに鼻を鳴らして刀を構え直した。
どうなるか気になるけれど、いつまでもそちらばかり見ていられない。
何かにぶつかって前を向くと、どうやら血で作られた杭のようなものをぶつけられていたらしい。体にぶつかってバラバラと崩れ落ちるのが確認できた。
いつの間にやら仲間たちを追い抜いており、ハルカが最前線である。吸血鬼たちの上空にさしかかり、四方八方から飛んできた血の武器による攻撃を、ハルカは障壁ではなく魔法による火の矢で迎撃する。
着弾と爆発。
あたり一面に煙と砕けた血の塊が飛び散り視界が悪くなった。
そんな血煙の中を速度を落とさず通り抜けるハルカだったが、不意に目の前に細身の剣を振りかぶった吸血鬼が現れる。
停止、と思ったときには肩から吸血鬼の体に激突。ぶつかられた吸血鬼の方は、弾き飛ばされ、途中で体を崩して蝙蝠となった。
衝撃はまるで交通事故である。
霧の出ている日に空を飛ぶ時は要注意だ。
速度を緩めたハルカは、ほんの少しその吸血鬼に意識を割きつつ、屋敷の屋根の上へ降りた。
吸血の集団の後ろをとった形になる。
目を凝らすと、ちょうどモンタナが吸血鬼の集団に切り込んだのが見えた。
モンタナたちの接敵がほんの少しばかり遅れたのは、その武器に魔素を流しこみ、暗がりでうっすら光る魔法の武器へと変えていたからである。
これがかなり集中力のいる作業だから、どうしても全力疾走とはいかないのだ。
モンタナはするりと吸血鬼たちの集団へと潜り込んだ。
やられることなどないと確信しているかのような、躊躇いのない前進だ。
夜の吸血鬼と、身体強化を施したアルベルトたちの膂力を比べると、わずかながら前者に軍配が上がるだろう。
しかしそれが直接戦闘結果となるわけではない。
力が強いというのは戦いにおける重要なファクターであるが、同時に、一要素でしかないからだ。
速さ、巧みさ、己の得手不得手を理解して有利に立ち回ることができるものこそが、戦闘巧者である。
そう言った意味で相変わらずハルカの戦闘は、まだまだ素人による力のゴリ押しだ。
突き詰められた武は優美さすら纏うけれど、ハルカの接近戦闘はどこかだばだばして見える。
そもそもセンスがないのだろう。
そんなハルカと訓練を続けてきたアルベルトたちにとって、ただ力が強くて能力が高いだけの相手は、それほど脅威ではない。
戦闘技術が劣る相手というのは意外と戦い難かったりするのだが、そんな言い訳をしてハルカの一撃を喰らうと、文字通り骨が折れる。というか砕ける。
アルベルトたちは、自分たちより戦闘技術の劣る相手のあしらい方が、自然と得意になっていた。
するりと切り込み、乱戦の最中に入り込んだモンタナは、相手の一撃を易々と潜り抜けて、その度手痛い反撃を放つ。
数人の吸血鬼があわてて蝙蝠へと姿を変え、また数人が体の一部に再生できぬ手傷を負い、残ったものは体を灰へと変えた。
力任せの戦いが得意であるように思われがちなアルベルトやレジーナも、実は格下と危なげない戦いをするのは得意である。
どこで本気の一撃を放てば相手が嫌がるか、どんな時に気を抜くと危ないのか、身をもって理解しているのだ。
モンタナの攻撃を躱して気を抜いたもの。
あるいは、コリンに体幹を崩されたもの。
仲間の悲鳴に気を取られたもの。
そんなものたちの意識の外から、命を刈り取っていく。
どんどん侵攻していく集団の後ろでは、年配の二人がきっちりと援護をしている。視界外からの攻撃をニルが打ち据え、殺し損ねた吸血鬼をイーストンが仕留める。
時折血の能力による攻撃が混じるが、常時魔法を展開しており、自分ごと巻き込んで発動するようなハルカを相手にしているよりはよほど楽だ。
吸血鬼たちの力や能力は、人にとって理不尽なものである。それは疑いようのない事実であり、これまで吸血鬼たちがそれを頼りに戦ってきたのも当然のことだ。
ただ、どうやらアルベルトたちにはそれは通用しない。常日頃、ハルカというもっと異常な存在と訓練している彼らは、ある意味吸血鬼たちの天敵なのかもしれなかった。
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