九百三十七話目 本丸

 ハルカたちは、太陽が真上にいる時間にその街へたどり着いた。

 その街にある家は、木だったり石だったり、時に泥だったりが組み合わせて作られた、統一感のない物ばかりだ。また、全体的に背が低く、その街の住人たちの平均身長が低いであろうことがうかがえる。

 ここは以前、確かにコボルトの街だったのだろう。


 そんな中に一際目立つのが、街の中心部にある巨大な建造物だ。

 城というよりは砦というのが正しいような、ごちゃっとしたつくりをしている。

 あちらこちらにこの世界に似合わぬ鉄の砲身が飛び出していることに、ハルカはぎょっとした。

 幾重かに作られた分厚い壁は、角が鋭利に作られている星形になっており、門はその窪みにのみ存在している。そしてその壁の上は、歩き回れるように内側からは階段が付けられていた。


 そんな戦うためにしか特化していない武骨な砦の一角に、場違いに優雅なお屋敷が設けられている。比較的新しい木材で作られているその屋敷は、砦の陰になるよう建てられており、日照権とかが心配になる様な立地だ。

 もしかしたら、吸血鬼たちにとってはそれこそが一等地なのかもしれない。

 たった一つだけ、ひときわ大きな屋敷だけが、日の当たる場所に作られていることがハルカには不思議だったが、その理由までは思い至らない。


 やがて、迫ってくるナギの姿に気づいたのか、城壁の上で、街中で、コボルトたちが右往左往しはじめる。

 設置されている兵器が、どれも仰角を取れるものではないのだ。

 この砦は、空からくるものに対して無防備である。


 ナギを狙えるものがあるとすれば砦の上階設置された砲身なのだが、なぜか砦や屋敷のある中心部にはコボルトの姿が見えない。

 街中で鐘がなる。


 流石に騒がしくなりすぎたのか、屋敷から次々と美形の男女が現れ、やがて空を見上げてナギを指さした。

 間違いなく、あそこが吸血鬼たちの暮らす場所だ。


「ナギ、そのまま上空で旋回を。こちらを攻撃してくるものがあれば牽制してください! わかりますか?」


 緊張しながらもはっきりと指示を出したハルカの声に、ナギはがぱりと大きく口を開けると、街全体を震わすような咆哮を放つことで応じた。

 まだまだ若いナギだが、これから戦いが起こるのだということは理解していた。

 臆病な性格であるけれど、群れの一人として一緒に戦うのだという気持ちを持っていた。


 生物としての頂点の一角である大型飛竜の全力の咆哮は、コボルトたちを一瞬にして混乱し恐怖させ、地面に這いつくばらせた。


 強者を自称する吸血鬼たちですら、一瞬体をすくめて空を仰いだくらいだ。


「いきましょう」


 ハルカはそういって障壁全体をナギの背中から放し、まっすぐに吸血鬼達の住処へと向かう。

 ハルカたちの誰もが、ナギに怯えたりはしない。


「いいぞ、ナギ! その調子でやれよ!」


 アルが去り際に激励の言葉を送ると、今度はがうがうと、それなりにかわいらしく声を上げたナギが、城壁の上をなぞるように飛んでいく。

 元が臆病なコボルトのことだ。

 これで余計な援護が入ることはない。


 ハルカたちが地面に降りる頃には、吸血鬼たちもまた、そろって目を覚ましているようだった。

 しかし彼らはそこから出てこない。


 影の下ならば体を分裂させることもできるが、日の下では斬られた体を元に戻すことが出来ない。普通の人間相手であれば、日の下であっても余裕を持って倒せるくらいの頑強な体と膂力があるが、わざわざ乗り込んでくるような強者相手にして、のこのこと不利を作ったりはしない。


 ハルカは吸血鬼から目を離し、隣に立つ巨大な砦を見上げる。


「…………壊します?」


 あとからあとから設備を付け足したようなその砦は、歪でそれほど丈夫ではないように見える。

 魔法をボンと放てば、それで崩壊しそうだ。

 ついでに自分たち側だけ障壁でガードして、崩れた建材で相手の吸血鬼達が押しつぶされてくれれば一石二鳥だ。

 ハルカがちょっとだけ躊躇ったのは、この砦が年季の入ってそうな建造物だったからである。

 下手をすると神人時代からありそうだ。


「いいじゃん、壊そうぜ」

「賛成ー」

「モンタナ、砦の中に人は?」

「いないっぽいです」


 そう答えながらモンタナはぐるりと辺りを見回す。


「じゃあ、壊しますか……」

「前は屋根壊すのにも躊躇したのにね」

「だって……、その方が有利に戦えそうじゃないですか……」


 イーストンに突っ込みを入れられて、だってと子供のような言い訳をしながら魔法の準備をするハルカである。誰もいないし、それで戦いが有利になるなら仕方ない、くらいまでは割り切れるようになったらしい。


 ハルカたちの声は少し離れている吸血鬼たちには聞こえない。

 何をしているのかと、注視している中、上空に火の玉が膨れ上がっていく。

 

「……あっちの屋敷に誰かいるです」


 いざ爆発、という時にモンタナがハルカ達が背にしている日の当たる屋敷をじっと見つめた。他の吸血鬼が皆日の当たらない場所にいるから、意識から外れてしまっていた。


 魔法を上空で待機させたまま、ハルカがそちらを見ると、丁度そのタイミングでドアがゆっくりと開いて人が外へ歩み出てきた。

 バスローブを羽織ったその男は、最初にハルカたちを、それから吸血鬼たち、続いて上空に浮かぶ火の玉とナギを見てから「ああ」と気だるげにつぶやいた。


「こんなところまでやって来たのか、面倒くさい」


 呟いた男は、手を口先まで持っていき、がぶりと自分の親指に嚙みついた。

 

「何を!?」


 カナが驚き声を上げると、口の端と指から血を流した男が、にまーっと怪しく笑った。


「……害虫駆除さ」


 男の血を発端にして、あちこちから赤い霧が現れ、それが上空へ昇り辺り一面を覆った。太陽の光が霧へ吸い込まれ、あっという間に嵐の前ぐらいの薄暗さへと変わる。


「【天血蓋てんけつがい】、ようこそ我が城へ。貴公ら、力を振るえ。この中にいる限り、我らの力は夜闇にいるのと変わらん」

「お、おお! 本当だ!」


 数人が日の光が僅かに届く場所で体を蝙蝠へと変えて、男の言葉を確認。

 驚きの声を上げる。


「陛下よ、どうやら砦を壊すの中止だな。総力戦になりそうだ」

「どうやら、そのようですね……」


 あとから出てきた男は気だるげに、ハルカたちへ吐き捨てた。


「我が名はヘイム=ケイネ=グブ=カルダス。我の手を煩わせる愚か者は疾く死にたまえ」

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