九百三十六話目 分業

 それからのウルメアはすっかり落ち込んだ子供のようになってしまった。

 小さく丸まったまままるで動こうとしないのだが、いざ声をかけて何かをするように促すと、ゆらっと動き出して言うことだけは聞く。

 出発前にケンタウロスとリザードマンに挨拶をしにいくと、まるで幽鬼のような姿となったウルメアを見て不気味がっていた。

 特に付き合いの長かったケンタウロスの長であるグラナドは、いったい何をしたらこんな態度になるのかと、王であるハルカに恐れを抱いたくらいだ。


 そんなことは露知らず、敵であるウルメアを生かしていることについて、怒られたりするのではないかとドキドキしていたハルカである。

 無事にあいさつを終えて、ナギの背中に乗り込んだ時にはほっと息を吐いた。


 目印となるようなものがない中、まっすぐに東へ向かってもらい、夕方になる頃には一度着陸し野営。ウルメアはハルカが魔法で作った鉄の檻の中に入れて、食事は与えておく。


 こちらのことも気になるが、今は敵の拠点と大将首であるヘイムのことを考えなければならない。

 ウルメアから聞き出した話によれば、ヘイムは確かに吸血鬼を率いるだけの能力をもっているのだとか。

 何年生きてきたかはっきりとしないけれど、吸血鬼らしく、自分とそれ以外という認識を強く持っており、辛うじて同じ種族である吸血鬼にだけは対応が柔らかいのだとか。

 偉そうな態度に誇りを刺激された、それなりに年を取った吸血鬼達が下剋上を企てたこともあったが、あっさりと返り討ちにされたのだとか。


 経歴不明、能力もはっきりしない。

 ただし直接逆らって生き残ったものはない。

 それが吸血鬼のための世界を作るというのだから、少しずつ勢力も膨れようものである。

 かなり早い段階でこれに加入したらしいウルメアは、あちらこちらで勧誘の活動もしてきたのだそうだ。カーミラに声がかけられたのもまた、ウルメアの仕業だ。


 眠る前にたき火を囲んでハルカたちは吸血鬼への対策を練る。


「あっちの王様が、吸血鬼数人を一人で撃退、って言われてもなー、その吸血鬼側の強さがさー、わからないとさー」


 コリンが体を揺らし傾けながら、ハルカの方にごつんごつんと頭をぶつけながら、間延びした口調で話す。何がしたいのかわからないけれど、リラックスしているらしいことがわかるので、ハルカはそれを邪魔したりはしない。


「でもまぁ、吸血鬼は生きた時間が長くなるだけでも能力が強くなるから。もちろん能力を鍛えてる鍛えていないで練度は変わるけどさ。ウルメアの祖であるセルドは、千年以上を生きて、体を蝙蝠ではなく、砂の粒にして逃がすすべを持っていたそうだよ」

「つまり長く生きただけでもそれなりに強いということだな」


 カナがイーストンの言葉を肯定する。

 だからといって、ヘイムの力がはっきりわかるわけではないのだけれど。

 

「結局対峙してみんとわからんと、そういうことか。心躍る話だな」


 わははと口を空けて笑ったのはニルで、怯えや臆する気持ちなどまるでないようだった。少し緊張していたハルカも、それを見て苦笑して肩の力を抜く。


「作戦とも言えないけどさ、結局太陽の下で戦うことと、屋根があるところではハルカにそれを壊してもらうってくらいかなー。第一目的はそのヘイムって奴を倒すことだもんね。第二に吸血鬼をできるだけ逃がさず倒すこと、それで間違いない?」

「うん、その通りだ。大変な作戦になるが、改めて、どうか力を貸してほしい」


 コリンのまとめに続いて、カナが深々と頭を下げる。


「私たちも無関係ではありませんから、やりましょう」

「うん、ありがとう。ヘイムはできるだけ私が倒すようにする」

「俺もやりてぇけどな……」


 ぽつりと言葉にしたのはアルベルト、不満そうな顔をしているのがレジーナだ。

 二人ともそれが適切ではないとわかっているから、強くは主張しないのだろう。

 ずいぶんと大人になったものである。


「悪いが、任せてもらえないか? これは元々私の因縁だ」

「……わかってる、任せる。でもなんかあったら加勢するからな」

「うん、危なかったら頼む。頼りにしている」

「おう……」


 カナに小さな子供をあやすような穏やかな表情で返されてしまい、アルベルトは微妙な表情で短く返事をした。レジーナは駄目そうなことが分かったとたんその場で寝転がってふて寝だ。

 態度はやや悪いが、文句を言わないだけえらい。


 翌日に戦いを控えた一行は、話を早めに切り上げて英気を養う。

 それでもハルカたちのルーティンはいつもとさほど変わらない。

 順番に夜の番をして、朝まで休み、朝食をとってからナギの背に乗り出発する。


 ウルメアに外を見せて、拠点の場所を大まかに把握。

 そのお陰で時間を違えることなく、昼前には襲撃をすることが出来そうだ。

 もしかするとこれが一番ウルメアを連れて来てよかったことかもしれない。


 少し手前で着陸し、ウルメアを目の細かい檻の中へ、飲食物と一緒に閉じ込めておく。その別れの瞬間まで、ウルメアは余計なことは一切喋らず、静かに落ち込んだままだった。


 檻の中へ入ってもまた、膝を抱えて小さくなっているウルメアに対して、ハルカは声をかけてから出発する。


「ことが済んだら迎えに来ますので」


 迎えに来てそれから……?

 悩んでいる部分でもあったが、戦いを前にしてその悩みは一度置いておくことにしたハルカであった。

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