二百七十八話目 無骨な男

 茂みをがさりとかき分けて、口髭と顎髭を長く伸ばした男が姿を現した。

 鼻は低く、ギョロッとした魚のような目をしており、その長身よりもさらに長い槍を、右手に無造作に握っている。

 その槍は持ち手までもが金属の光沢を放っている。


 ハルカにしてみれば、こちらではあまり見ない、アジア系の懐かしい顔をしている。とはいえ厳つい表情と、不機嫌そうな分厚い唇に親近感は持てなかった。


「俺がこの部隊の隊長ウー=フェイだ。随分な歓迎だが、お前ら冒険者か?」

「はい、冒険者です。失礼は詫びます。危害を加えるものが現れた場合の警戒でした」

「ふん、武人なら当然か」


 ウーと名乗った男は不機嫌そうに鼻を鳴らしはしたが、意外なことにハルカたちの対応を非難することはなかった。油断なくハルカたちの武器や、空に浮かぶ魔法を観察している。


「あいつ強いな」


 ハルカの横でアルベルトが呟く。気付けば前衛の二人も油断なく剣を構えていた。


「俺一人ならともかく」


 ウーはどしんと石突で地面を叩き、大きく息を吐いた。


「足手まといの馬鹿たちが何人死ぬかわかったもんじゃねぇ。そんなに構えなくても襲い掛かったりしねぇよ。そっちの警戒をとけとも言わん。そこの巨人を倒したのはお前らだな。うちの留守番たちには荷が重いはずだ」

「一体は倒していましたよ。撤退したのを確認して、間に入りました。そちらの兵士の犠牲者は二人です」

「意外とすくねぇな。すぐに助太刀してくれたってことか。その割にうちのアホどもが残ってねぇな。狼煙も随分遠くで上がってるし、あいつらまさか助けられた上に逃げ出しやがったのか? これだから犯罪者上がりはしょうもねぇ」


 ウーは地面に唾を吐いて、兵士たちの逃げていった方を睨みつけた。


「悪いが俺には報酬の支払いは出来ねぇぞ。あいつらが逃げていった方向に本陣がある。お前らが望むなら、辺境伯の旦那に一軍を任せるよう頼んでやるぜ? 強いやつはいつでも歓迎してるらしいからな」

「報酬は……、まぁ、貰えるものはもらいますが」


 報酬なんかと言いかけて、ちらりとコリンをみる。冒険者ならタダ働きをするべきではないだろう。訂正した言葉に、コリンが満足そうにうなづいているのが見えた。


「その、軍を任せると言うのはよくわかりません」


 ウーがゴシゴシと顎髭を撫でながら首を傾げた。


「なんだ? お前ら噂を聞いてきた奴らじゃねぇのか?」

「噂とは?」

「半年ほど前に、腕っこきを高額で雇うっていうお触れが出てたんだぜ。俺も流浪の武芸者でしかなかったがな、半信半疑できてみりゃ、こうして立派な大将扱いだ。巨人相手に戦い放題だし、悪くねぇ職場だぜ? そうじゃねぇっていうなら、一体お前らこんなとこに何しにきやがったんだ?」

「いや、ただ巨人という破壊者ルインズとの戦闘を経験してみようと思っただけですが……」


 ウーが鉄の槍を横にいた兵士に差し出し預ける。兵士は普通に受け取ろうとしたが、その重さに驚き、槍を地面に落としてしまい、顔を真っ青にした。

 ウーはその威圧感のある顔を兵士に近づけ唾を飛ばす。


「持てねぇなら隣の奴と一緒に持ってろ!」

「はい! 申し訳ございませんでした!」


 兵士が慌てて槍を拾うのを振り返りもせずに、ウーはのしのしという音がしそうな歩き方でハルカたちに近寄ってくる。


「お前ら、馬鹿だなぁ! 俺は気に入ったがな。名前を教えろよ」


 目の前まで近寄ると、その男の大きさをますます感じる。先ほどまでもっと大きな巨人を見ていたはずなのに、威圧感はウーの方がが遥かに大きい。


 そばに寄ってくるととにかく声が大きく、空気がビリビリと震えているような気がした。男にとってはこれが普通の声の大きさなのだろう。

 大声に気圧されながらもハルカたちが名前を告げると、ウーは歯を見せてニカっと笑った。

 そうすると意外と愛嬌がある。ぬいぐるみのクマみたいなイメージだ。


「よし、辺境伯の旦那のところに連れてってやる。きっとスカウトされるぞぉお、ちゃんと断る文句を考えておくんだなぁ!」

「あ、いえ、そういうことなら……」

「遠慮するな! 旦那は太っ腹だ。きっと相応の謝礼を出してくれるに違いないぜ。おーら、ついてこい」


 ハルカの声はウーの大声にかき消される。こういう男は思い込むと大概人の話を聞かなくなる。その上本人には悪意がないからタチが悪い。

 闘技大会の折にそう言った奴らをたくさん見ていたハルカは、半分諦めの気持ちで仲間の方を見やった。


「まぁ、断ればいいだろ」


 アルベルトがそう言ってウーの後について歩き出してしまったので、ハルカも大股で歩きそれに並ぶ。


「じゃあそれはアルに任せますからね」

「は? そういうのはハルカの仕事だろ」

「じゃあ、モンタナがやってくれたり」


 振り返るとモンタナの姿が見えない。

 どこにいったのかと思いあちこちを見ると、視界の隅に緑色の尻尾が一瞬映った。

 どうやらハルカの真後ろでウロウロして視界に入らないようにしているようだ。


「……コリンは?」

「え、私巨人倒してないし」

「……今のうちに断り文句を考えておきます」


 ハルカが口を尖らせて拗ねながら、そういうと、仲間達からよろしくという返事が一斉に返ってきた。

 めんどくさいことを押し付けられている気もするが、頼りにされていると考えれば、それほど悪い気分じゃない。

 手をぎゅっと握って、上空に浮かんでいた魔法を全てかき消す。


 この領地のトップが一体どんな人物なのか、少し気になっていたところだ。

 冷酷で計算高い印象を受けるが、実際はどうなのだろう。つけ込まれるようなことのないように気をつけようと思いながら、ハルカは仲間と共に踏みならされた道を歩いた。











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