二百七十七話目 増援?

 ハルカは足元を軽く蹴って、障壁から浜辺の上へ降り立った。

 アルベルトとモンタナが小走りしてきて手を挙げたので、両手を広げてやる。パチンと手が打ちあう音が二つした。


「巨人には勝てそうだぜ」

「竜みたいに固くないですから」

「奥地に行くほど強いのが多いらしいですから、まだまだ油断禁物ですね」

「だな」

「あ、逃げてくです」


 三人集まって話していたところ、モンタナが一方向を指さす。最初に巨人たちに向き合っていた槍兵たちが、這う這うの体で司令官たちの後を追っていくのが見えた。

 礼を言われたくて割り込んだわけではなかったが、誰一人として声もかけずに逃げていくというのも、おかしな話だ。


「あいつら、あの強さでよく兵士なんかやってるよな」


 背中を眺めながらアルベルトが呟く。


「練度が低いんですか?」

「長い槍持って突き刺してるだけだぜ。弓兵はまだしも、前衛に立ってたやつは素人に毛が生えたくらいだな」

「それは多分、彼らが寄せ集めの兵士だからでしょうねぇ」


 障壁に乗って飛んできたノクトが、頭の上からのんびりと声を投げかける。ノクトの後ろには肩に捕まったコリンが一緒に浮いていた。


「あー……、街で見かけた奴らと一緒ってことか。それなら確かに槍って武器は一番使いやすいかもな」


 アルベルトが地面に落ちた槍を拾い、まっすぐに突き出す。

 いつも剣を使っている姿しか見ていなかったが、その動きもなかなか堂に入っているように見えた。体の芯がぶれず、切っ先に迷いがないからそう見えるのだろう。


 この身体の芯がぶれないというのが結構難しいのだ。ハルカが棒を振り回してみると、大抵の場合、勢い余って体が捻くれてしまう。


 ぴょんと先に障壁から飛び降りたコリンは、遠目で巨人の遺体を観察して顎に手を当てている。ユーリも巨人が気になるのか、ベッドから身を乗り出してじっと見ていた。


 首がねじれたり、無くなったりしている人型の生き物を赤子に見せていいものかと、ハルカは考える。しかしやはり今更かと、すぐにその考えを頭から振り払った。

 ハルカのように他人の命に重点を置きすぎて、自分の身を危険に晒すようなことになっても困る。賢いユーリと言えど、体がハルカのように丈夫なわけではないのだ。


 ユーリが一人でしっかり歩けるようになったら、仲間たちがそれぞれの戦い方を教えてやるんだと言っていたから、すくなくともその教育が終わるまではしっかり守ってやらなければいけない。


「身を乗り出すと危ないですよ」


 ノクトと共に地上付近に降りてきたユーリを、ベッドの上から抱き上げてコリンの横に歩いていく。ユーリはやはり死体を怖がったりする様子はなく、その動かなくなった大きな体をじっと見つめていた。


「難しい顔をして、コリンはどうしましたか?」

「んー……。ほら、竜って倒すと売ったり加工できる部位があったじゃない。巨人って何かそういうものないのかなぁって思ってたんだけど……。ただ大きな人間だから、どうもそういう気が起きないなぁって」

「…………何かはぎとろうとしてたんです?」

「まぁねぇ。折角倒したんだし、何かに活かしたいじゃない」

「いやぁ……、そうですか」


 人型の生き物の死体を何かに加工するという発想はハルカにはなかった。元の世界でのホラーやオカルトの話を思い出しながら、顔を顰めて首を振った。

 この世界に人皮の魔術書はいらない。話に聞く限り、おそらく悍ましくて宇宙的な神様だっていないはずだ。


「あー、昔々の獣人族にはですねぇ、巨人の皮で打楽器を作る文化があったそうですよぉ。人族がこの辺に来る前からの宿敵でしたからねぇ」


 今はそんな野蛮な人はいませんけれど、と付け加えながらノクトが笑う。

 ハルカは穏やかな獣人族としか交流がない。モンタナたちのような可愛らしい獣人がたくさんいるのだろうと楽しみにしていたのに、イメージを一変させるような恐ろしい話をするのはやめてほしかった。


「あ、じゃあ皮を剝いでいったら売れる?」

「ふへへ、昔の話ですってばぁ」


 内容が物騒なのに口調が二人とも穏やかなものだから、自分がおかしいのではないかと錯覚しそうになる。黙ってじーっと聞いているユーリの情操教育が心配になったハルカは、その背中を優しくなでながら死体の見えないように湖から離れることにした。


 そうして巨人の死体が見えなくなったというのに、今度は体が著しく損傷した兵士の姿が目に入ってしまう。巨人の一撃を喰らっていた兵士たちだ。どう見たって息はない。


 モンタナが後ろから歩いてきてハルカを見上げて口を開く。


「このまま放っとくと、アンデッドになるかもですよ」

「……死んでますよねぇ」

「間違いなく死んでるです」

「せめて綺麗に燃やしてあげましょうか。……モンタナ、ユーリをお願いします」


 ユーリをモンタナに預けたハルカは、遺体の前で手を合わせる。


「どんな方かは存じませんが、ゆっくり休んでください」


 それぞれの遺体を青白い炎が包む。静かに燃え続けて、兵士の身体を焦がし、崩した。

 いつもの肉を焼くときの匂い。それがすぐに何かが焦げる臭いに変わり、煙が上がって、十数分。やがてその場には灰だけが残った。


 その間アルベルトは湖の水を使って剣の手入れをしていた。

 火葬が終わるまで、仲間たちとこの後どちらに向かうか相談し、一応は兵士たちが逃げて行った方向へ進むことに決めた。

 道が均されているほうが進むのが楽だからだ。


 戦闘後の休憩も兼ねて合計三十分ほどゆっくりとして、さぁ出発しようとしたところで、モンタナの耳がピクリと動いた。


「誰か来るですね」

「さっきの奴らが戻ってきたのか?」

「違う方向、あっちからです」


 巨人が現れた茂みの方をモンタナが指差す。


「巨人でしょうか」

「たくさんいるです。多分人です」

「今のうちに逃げますか?」

「土地勘が向こうにあるから、広い場所で迎え撃つぞ。いざとなったら障壁張って逃げようぜ。ハルカ、できるだろ?」

「ええ、任せてください。一応魔法を展開しておきます」

「派手なやつねっ!」


 ハルカが右腕を振り上げると、頭上に沢山の火の矢が生まれる。その燃え立つ炎の矢じり全てがモンタナの指さす方へ向いて、空中に制止した。


 最初に茂みから飛び出した兵士が、展開された魔法を見てぎょっとした顔をして叫ぶ。


「と、止まってください!」


 勢いよく走ってきたのか、すぐに止まることができずに十数人が茂みから飛び出して、最初の兵士同様に動きを止めた。


「攻撃の意思はありません! 念のための牽制です! そちらの代表の方とお話をさせてください!」


 ハルカの女性にしては低く、しかしよく通る声が湖畔に響いた。

 茂みから飛び出してしまった兵士たちは、臨戦態勢のまま動かずに、ハルカたちの方を窺っている。


「あれで全部ですか?」

「まだたくさん後ろにいるですよ」


 モンタナの返事に、厄介なことになったかもなと思いながら、ハルカはさらに空に浮かべる火の矢の数を増やすのだった。

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