二百七十九話目 陣

 ウーは歩いている途中でハルカたちに許可を取って、自分の得物を兵士たちから受け取った。いつでも肌身離さず持ち歩いているらしく、手から離れていると落ち着かないのだそうだ。

 ぶんぶんと器用に頭の上で振り回してから、満足そうな顔で再び歩き始める。後ろで見ていたユーリも大喜びだった。横目でそれを見たウーも、にやぁっと笑い顔を浮かべて、どこか嬉しそうだ。


「冒険者ってぇのは、子連れでもできるんだな。俺はこんななりだから嫁のなりてもないんだがな! ここらで一旗揚げりゃあ、一人くらい奇特な奴が出てくるんじゃねぇかと思ってよ。弟子を取るでもいいんだが、どうせ技を受け継ぐなら、血の繋がった子供がいいよなぁ」

「なるほど、それで仕官したわけですね」


 ハルカはわずかにこの男に対して共感を覚えた。

 地球にいた頃の自分を思い出したのだ。

 あの頃の自分も、子供は嫌いでなかったし、大事な人のいる人生に憧れを持っていた。ただ漠然とした、自分はダメなのだろうという思いから、すっかりそういった方面については諦めてしまっていたところが、この男との違いだ。


 男の話す言葉にうんうん、と相槌を打ちながら歩いていると、コリンが不安そうな顔で脇腹をつついてきた。


「は、ハルカって、もしかしてああいうのがタイプなの? 私は、イースさんとかの方がいいと思うんだけどなぁ、人の恋路にとやかくいうのも、ほら、あれなんだけど……」


 ハルカは額に手を当てて、一瞬押し黙る。

 単純に男としての共感をしていたつもりだったのだが、コリンからしたら愛想がよすぎるように見えたのかもしれない。


「私は恋とか愛とかする気はないですよ。コリンたちがいれば今の所、人間関係は満足です。……何度も言ってますが、イースさんに対しても仲間としての好意しか持っていませんからね」

「またまたぁ」


 冗談めいた言い方をしてきたコリンに肩を竦めていると、突然ウーが足を止めた。


「巨人です。さっきのより大きいです」


 モンタナの視線が木々の上の方へ向いている。ハルカもそちらを見上げると、巨人がハルカたちの方へ動き出すところだった。


 アルベルトとモンタナが武器を構えようとすると、ウーが武器を持っていない方の手をハルカたちの方へ向けて、それを止めた。


「一匹くらいなら俺に任せときな」


 そう言って、大きく息を吸い込んだウーの身体が、一回り大きくなったように見えた。

 一歩二歩三歩と少しずつ加速しながら足を前に出し、その度に地面を踏みしめる力が強くなる。ついには堅い地面にしっかりと足形を残すようになった辺りで、ウーの加速は終わったようだった。


 全身に血を巡らせ、肌を真っ赤にしたウーが、巨人に向けて突撃していく。それを見下ろしていた巨人は、近づいてきたウーを叩き潰すようにこん棒を振るった。


 その振り下ろしはハルカから見ても、技術を伴ったようなものではなく、ただの力任せであるように見えた。仲間たちならきっと簡単にかわすような一撃だ。

 しかし驚いたことに、ウーはそのまま真っすぐに走る。槍と一体化したようにただ駆け抜けて行く。

 こん棒がウーに当たるかと思われた瞬間、その身体が傾いて、さらに加速した。


 ウーの腕が一瞬ぶれたように見え、その次の瞬間、巨人の片足が吹き飛んでいた。貫いたとか、切り落としたとかではなく、爆発したかのように巨人の右膝が消えてなくなったのだ。


 勝負は決した。


 バランスをとれずに倒れた巨人の頭部を、ウーの槍が貫いた。


 モンタナとアルベルトは瞬きもせずにウーの戦いぶりを見つめていたが、決着がついたところでようやく肩の力を抜く。


「勝てるか?」

「わかんないです」

「膝飛ばしたときの、どうやったんだ、あれ」

「まっすぐ突き出してなかったですね。なんだか、振動させていたような。それと一緒に魔素を拡散させた……、ですかね?」


 二人はすっかり感想戦だ。ハルカが理解できたのは、ただウーがかなり強いということくらいだったが、話を聞いていると、その強さが少しわかったような気になれて面白い。


「さ、行くぜ」


 ウーが巨人を踏み越えていった先で手招きをしていた。

 ああでもない、こうでもないと言うアルベルトたちの話を聞きながら、ハルカも巨人を乗り越えて道を進んだ。




 辿り着いた本陣は、川沿いに設営されており、既に小さな町の様相をなしていた。

 装備こそは兵士だが、大工仕事をしている者や、外で炊き出しのようなことをしている者もいる。


「おう、馬鹿ども! 明朝又出るから、今は英気を養え! 一時解散!」


 ガラガラとした声で指示を出したウーに、着いてきた兵士たちはいっせいに同意の声を上げて、三々五々に散っていく。その姿は統率が取れており、とても犯罪者の寄せ集めとは思えなかった。


「優秀な指揮官ぶりですね」

「集まった奴の中でも、出撃する部隊にはそれなりに使える奴らが集まってんだ。器用な奴らは弓兵に、足が速けりゃ斥候、特技がありゃあ本陣でそれを活かす。潰しの利かねぇ奴らは、とにかく長い槍持たせてキャンプの留守番だな。よくもまぁ、こんだけうまく犯罪者共を使うもんだぜ。そんじゃあよ、そんな切れ者の旦那のとこに案内してやる。誘いを断る文句は考えついたかよ?」

「ええ、まぁ、多分……」

「頼りねぇ返事だなぁ」


 顎髭をごしごし撫でながらウーがぼやいて、歩き出す。

 情報を整理した限り、辺境伯の人物像はなんとなく見えてきていた。

 恐らくそう酷いことにはならないだろう。


 ぼんやりとした返事とは裏腹に、ハルカはそれほどこれから臨む会談を不安視してはいなかった。









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