二百七十一話目 歓迎と末路

 要塞の周りには広く街ができていた。

 簡易な柵で仕切りは作られているが、そこを乗り越えて入りこむのは、そう難しくないように見える。

 道なりに進むと、関所の様なものが見えてくる。そこで身分の証明をすると、あっさりと街の中に入ることができた。この街が警戒する相手は巨人であるから、対人間にはそれほど気を使っていないのかもしれない。


 要塞の外に広がる街は、酒や博打、それに色街と、人の欲望を満たすような施設がたくさんある。そこでは兵士なのかチンピラなのかわからないような男たちが、たくさんたむろしているのが見えた。


 治安は良くないように見えるのに、誰もハルカたちには絡んでこないし、喧嘩をしているものも見当たらない。それがまた不思議であった。


 宿をとるためにしばらくうろついていると、足を数珠つなぎで縛られた人々が、後ろからぞろぞろと歩いてくる。街の住人たちはちらりとそれを一瞥し、興味がなさそうにすぐ目をそらす。

 変わった光景にハルカたちは道を譲ったが、進行方向が同じだったので、結局彼らについて行くことになった。


 数分連れ立って歩いていくと、人だかりのある広場に出た。

 人が集まる場所からは、時折、ワッと声が上がる。数珠つなぎになった男たちも、先頭の兵士にひかれるまま、その人ごみへと分け入っていった。


「何があるんでしょう?」


 ハルカが背伸びをしてみるが、人が多くてその先は見えない。


「見てくるです」


 モンタナはそういうと、人ごみの中にするすると入っていき、数分後に難しい顔をして戻ってきた。


「どうでした?」


 尋ねるハルカから目をそらしたままモンタナは、感情の起伏なく答える。


「あまり面白いものじゃないです」


 人々の歓声を聞く限り、何かイベントごとかと推測していたのだが、こうハッキリ言わないところを見ると、そんなことはないらしい。また人々がどよめいたのを見ながら、ハルカは首を傾げた。


「ええい、一度場所をあけてくれ! 新入りが来ているんだ!!」


 そんな大きな声がして、しばらく。さっと人ごみが割れて、数珠つなぎの男たちと、人ごみの奥にあるものが見えた。


 柵が張られており、その周りに小石がたくさん積まれている。

 柵の奥には柱にくくられた男たちが数人立っており、その誰もが体から血を流していたり、あちこちに酷い内出血をつくっていたりした。

 兵士が威圧的に声を張り上げる。


「いいか! 犯罪者であるお前たちに対しても給金は出す。期間内きちんと働けば、開放もしてやろう。働きたければその後も雇ってやる。ただし、逃げ出したり規律を破り続けた場合、あそこに立っているのは貴様らだと思え! 一人一つずつ石を持て」


 数珠つなぎにされた男たちは兵士や隣の者の様子を窺いながら、おどおどとした様子で石を一つずつ手に取った。全員がそうしたのを確認してから兵士が続ける。


「あの中の誰かに当たるまで、石を投げろ」


 そう言われるが、誰もが石を投げない。いつか自分にも降りかかってくるかもしれない不幸に対して、積極的に攻撃をしようと思えるものは少ないだろう。


「何をしている。早く投げんか!」


 兵士の一喝に、数人の男がよろよろとした仕草で石を投げる。そのほとんどは誰にもあたらずに地面に落ちたが、一人の男の投げた石が、磔にされた者の額に当たった。

 男は動揺した様子で、じりっと足を後ろに下げたが、それを見た兵士が笑みを浮かべて大きな声を上げる。


「よし! よくやった! 今日からお前は俺たちと同じ兵士だ」

「……っ。……ありがとうございます」


 男はびくりと体を揺らしたが、自分が褒められていることに気が付くと、卑屈な笑みを浮かべて、鳥が歩くときのようにへこりと首を前にずらして、小さな声で礼を言った。


 そうなると、投石の勢いは増し、段々と遠慮なく石が投げられはじめる。石が命中するたびに、兵士が褒め、周りの人々が小さく歓声を上げる。石を投げたものはどこか暗い笑みを浮かべ、照れ臭そうに頭を下げる。


 全員が石を投げ終えると、兵士は満面の笑みを浮かべて、その場にいる全員に聞こえるような大声でしゃべる。


「よし! ここに新しい兵士の仲間が誕生したぞ! みんな拍手で迎えてくれ!」


 パラパラとした拍手が起こり、徐々にそれは大きくなる。その中心にいる男たちは、どこか弛緩した表情で、頬をかいたり頭を下げたりしていた。


「仲間になるものに拘束はいらないな。縄を解いてやろう。まさかそんなことをする者がいるとは思わんが、逃げ出したりしたらどうなるかはわかっているな?」


 兵士は最後にくぎを刺してから、男たちの縄をほどいていく。後ろからついてきていた兵士たちもそれに加わり、その作業はあっという間に終わった。


 当然のように誰もが逃げ出さずに、大人しくその場に立っている。


「では着いてこい。要塞の中を案内して、お前たちの所属する部隊を紹介してやろう」


 そう言うと、先頭を歩く兵士は振り返りもせずにさっさと歩きだす。拘束を解かれた男たちはきょろきょろと周りを見てから、慌ててその後に続いた。


 後ろからは逃げ出さないように目を光らせている他の兵士たちがいたが、当人たちはすっかり仲間入りした気分なのか、そんなことに気付きもしない。足取り軽く、まるで親鳥について行く雛のように兵士の後に続いて行った。


「なるほどぉ、うまいやり方かもしれませんねぇ」


 ノクトがそう呟いたが、ハルカはあまり面白くないものを見てしまったと思っていた。

 いつかの借金男も、こんな風に兵士になっていったのだろう。街にいる兵士たちのどこか投げやりな明るさも、妙な治安の良さもこれが原因に違いない。

 そして目の前で血を流す、磔にされた者たちも、そうなる前はその仲間だったのだろう。


 ノクト以外のハルカ達一行は、一様に黙り込んで難しい顔で人だかりの方を見つめる。


「……とりあえず、宿を探しましょうか」


 ここに留まっていても気分がよくないだけだと思ったハルカは、仲間たちにそう言って歩き出す。


「おう、そうだな」


 アルベルトが短い返事をしてそれに続く。

 モンタナとコリンはささっと小走りにハルカの両脇に来ると、体が触れ合うくらい近くまで寄って、横並びに歩く。本人たちが甘えているのか、それともハルカの気持ちを慰めようとしてくれているのかはわからないが、悪い気分ではなかった。


「少し離れたところまで行って宿をとることにしましょうか」

「そだねー」

「です」


 幸い街の中に通る道は、並んで歩いても狭くはない。ハルカは両脇に二人をくっつけたまま、気持ちを落ち着けるようにゆっくりと街を歩いた。

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