二百七十話目 要の街
「俺は
訓練を終えてから、地面にべたっと座り込んだアルベルトが答える。ハルカに方針を尋ねられての返事だった。ハルカ自身は、行ってからどうするかはともかく、一度様子を見に行くくらいはしてもいいんじゃないかと、仲間たちに伝えていた。
「実際ここに来るまで毎日身体強化を鍛えて、モンタナと訓練してきて、ある程度力はついてきたと思うんだよな。大型飛竜に多少遅れはとったけど、なら巨人ならどうだってな。今の俺はどれくらい強いんだ? 戦場に顔を出せば、他の奴らが戦う様子もみることができるしな。だから行ってみたい」
そういうとうずうずしてきたのか、アルベルトはまた立ち上がって素振りを始めた。がむしゃらに振っているように見えて、アルベルトの剣筋は基本的にぶれることがない。
最近ハルカも手ごろな棒を振り回してみたりするが、なかなかどうして、毎度軌道がぶれてしまう。自分でやってみて初めて分かる難しさだった。
「僕も、せっかくここまで来たですから、もう少し足を延ばしてもいいと思うです」
「あー、そうよね。今こうやって仕事であちこち周れてるけど、そうじゃなきゃ王国の北まで来ることなんてないもんねー」
「あぁ、そういう考え方もありますか」
なるほどと思い、ハルカは頷いた。
難しく考えていたが、チフトウィント要塞に行ったところで、必ずしも前線に出る必要もないし、様子を見て戻ってきてもいいのだ。
「それじゃあ、行ってみるとしましょうか。軍属になるのは気が進まないので、フリーで前線に行けるようだったら顔を出してみてもいいでしょう。ってところでどうです?」
「いいぜ」
「いいです」
「さんせーい」
方針が決まったところで、ハルカは立ち上がってズボンについていた草をはらって宿の中へ戻った。モンタナとコリンはそれについてきたが、アルベルトはまだ外で素振りを続けているようだった。
翌日、午前中のうちに消耗品と昼ご飯を買い込み、北西にあるチフトウィント要塞を目指した。野菜と肉の挟まれたクレープをほおばりながら、道を進む。
この辺りの道は、しっかりと踏み慣らされていてとても歩きやすい。定期的に軍属の人間が行き来している恩恵だ。
「結局行くことにしたんですねぇ。僕に気を使ったとかではありませんよね?」
「いいえ、折角こんなに遠くまで来たので、少し足を延ばしてみようと思っただけですよ。私たちが行きたいから行くんです」
「そうですかそうですかぁ、それは実に良いことですねぇ。そのほうが僕としても気兼ねなく動けていいです」
「……何か企んでます?」
「いいえぇ、企んでませんよぉ。疑えてえらいですねぇ。弟子の成長というのは嬉しいものです」
「疑われて喜ぶっていうのも変な話ですけど……」
「でも疑っていることを口に出すことを、前のハルカさんだったらしなかったでしょう? 冒険者として、というより、人としてそういうことを言える関係も大事ですよ」
「はぁ、その……。そうですかね」
ハルカは道の端に生える草に視線を向けて、耳を触る。仲間たちに貰ったイヤーカフが指先に当たった。
この世界に来て自分が変わってきているとは思っているが、それは大体みんな仲間に恵まれたおかげだ。
突然目の前にぬっと音もなくモンタナが姿を現した。
驚いて少し身を引くと、続いてコリンが現れて、ハルカの顔を覗き込む。
「あ、照れてる」
さっとハルカが顔をそらすと、今度はユーリと目が合った。ユーリはハルカの顔をじっと見ると、にへっと笑いベッドに顔を半分隠し、目線だけ出してハルカの方を見ている。何も言わないでくれていたが、乳幼児に気を使われたのだと思うと、余計に恥ずかしくなって、ハルカは空を仰いだ。
出発して五日。
フォルスと同じような高い壁が見えてきた。道が整っていた上、宿場町が多くあり、快適な旅であった。
ヴェルネリ辺境伯が巨人族に対してどれだけ力を入れているかがよくわかる。
遠目から見ても、街の周りには物見のための塔がたくさん建てられており、街から兵士の一団が隊列を作って出て行くのが見えた。
要塞と言う名前がついているが、どう見ても主都であるフォルスよりもその規模が大きい。いっそ主都機能もこちらに移してしまえばいいのだろうけれど、万が一、逆侵攻されたときの混乱を避けるために、あえて政務の場を分けているのかもしれない。
「これは、来てみてよかったかもしれませんね」
「いやぁ……、久しぶりに来てみたら、以前より規模がずいぶん大きくなっていますねぇ。力を入れているとは聞いていましたが、これ程とは思いませんでしたぁ」
ノクトもぐるりと景色を見回して、驚いている。ノクトの場合久しぶりの長さが数十年単位であるから、様変わりしていて当然ともいえる。エレクトラムでも、壁が一つ増えていたと言って道に迷っていたのを、ハルカは思い出していた。
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