二百七十二話目 温もり
今日二話目ですよ!
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ユーリはぼんやりと人々を眺めていた。
ふとこの世界に来る前のことを思いだして、暗い気持ちになる。
いつも優しいハルカが表情を硬くしているのを見て、思わずそばによってなにかしてあげたい気持ちになったが、小さな体はまだ自由に動かず、ベッドから抜け出すこともできなかった。
おぶおぶとベッドの端でもがいていると、それを見たノクトが笑ってユーリの身体をベッドに戻した。
邪魔されたことに腹が立って、ぺしぺしとノクトの腕を叩くが、ノクトは笑ったまま小さな声でユーリに話しかける。
「早く大きくなりたいですね」
ユーリは叩く手を止めて、じっとノクトを見つめる。
ノクトはいつもユーリを赤ん坊扱いしない。語る口調は柔らかで一見そうしているように見えるが、その対応はハルカたちにするものと変わらない。ユーリのことを一人の自立した人間として扱っている。
「ハルカさんや他の誰よりも、君は冒険者に向いているのかもしれませんねぇ」
ふわっとベッドを浮かすと、ノクトはのんびりとハルカたちの後ろについて行く。
ハルカの両脇には、いつのまにかモンタナとコリンがぴたりとくっついていた。
あれできっとハルカの表情や感情が幾分か穏やかになるに違いないとホッとした反面、羨ましいような、なんだかもやもやした感情を覚えて、ユーリは首を傾げた。
自分のその感情がよくわからない。
よくわからないけど、このもやもやした感情は、制御し辛くて結構厄介だと思っていた。
宿をとって外に出る気にもなれずにグダグダと食事をして、ベッドに入った。
この後どうしようかとか、そんな話もろくにせず、明日の朝までに考えて相談することにして、早々に部屋に引っ込んだのだ。
街中で見たことは衝撃的ではあったが、そこから何も考えられなかったわけではなかった。
街中のあちこちで傭兵の募集がされているのは目に入っていた。
巨人と戦うには、その話に乗るのが手っ取り早いが、ここの軍隊と関わるのは気が進まない。
うつ伏せで考えていると、なんだか胸の辺りが苦しくなってきて、ベッドの上でごろりと寝返りして、横向きになる。
隣のベッドにいるはずのコリンの姿が見えなかった。外へ出たのかなと、ぼんやり思っていると足元からコリンがよじよじとベッドの上に這いあがってきた。
ハルカと視線が合うところまで這いあがってくると、ニコッと笑ってそこで寝転がった。
「……どうしました?」
「今日はもう寝ようかなって」
「ベッドがもう一個ありますよ?」
「わかってるけどー?」
自分のためにこうしてベッドに入ってきたコリンを追い出す気はハルカにはなかった。初めの頃は着替え一つにドキドキしていたものだが、ずっと一緒に旅をするうちに、流石にもう慣れてしまった。
「私はそんなにまずい顔をしていましたか?」
「多少表情がかたくなってたけど、そんなでも。少し前だったらもっと心配だったけどね。でもだからって嫌な気分にはなったでしょ。私もなったし、多分アルだってモン君だってそうだったと思うよ。だから今日は一緒に寝まーす。別にハルカのためとかではないでーす」
「そうですか、それじゃあこのまま寝ましょうか」
くっついてきたコリンの背中に手を回し、ハルカは目をつぶる。
それきり何を話したわけではないけれど、ハルカはすぐに眠りにつくことができた。
静かな呼吸音が耳に、人の温かさが肌に心地よかった。
いろいろ思い悩んで、今日は眠れないかもしれないと思っていたのに、不思議なものだ。
どこかから聞こえてくる鐘の音に目を開けると、もう外はすっかり明るくなっていた。目の前にはじーっと顔を見つめているコリンがいる。床に座り込んでベッドの縁に顎を乗せて、ハルカの顔を観察しているようであった。
目やにがでたり、よだれを垂らしたりしていないか気になって、慌てて顔を手でこする。
「……あの、何かついてますか?」
それでもコリンがじーっと見つめているため、何かあるのかと思い尋ねる。コリンはそのままの状態でため息をついて立ち上がる。
「えー、なんかいつ見ても美人だから羨ましいなぁって思ってみてただけ。寝起きくらいは面白い顔になるかなぁって思ったんだけどなぁ」
そういってケラケラと笑い、コリンは部屋のドアに手をかけた。
「もうみんな食堂にいるよ。良く寝てたから、起こさなかったんだけどね」
「あ、すみません! すぐ行きます」
「急がなくてもいいよー、別に朝起きる時間の約束していたわけじゃないし。……そんなに私の抱き心地がよかった?」
ハルカは一瞬頭の中が真っ白になってから、そんなわけはないと思いだし、ぎこちなく返事をする。
「私、抱き着いていましたか?」
「もうねー、朝方になるまでずーっとぎゅーって。寝返りできなくて目が覚めちゃった」
「や、あの、すみません。……おかげでよく眠れたみたいです」
「しょーがないなぁ! ハルカの元気がなかったらまた一緒に寝てあげよう。早く来てねー」
コリンは楽しそうにそう言って、扉を閉めて出て行った。
人を抱き枕にしたらよく眠れたなんて、何ともいいご身分である。これでは悩み事も、実はそれほど大したものでもなかったんではないかと勘違いしてしまいそうだ。
しかしこうも考えられる。
そんなことで気持ちがすっきりしてしまうくらいには、自分にとって仲間の存在が大きくなっていると。
さて仲間たちの希望に沿うにはどうしたらいいのだろうとハルカは考える。
アルは巨人と戦ってみたい。
しかし軍とはあまり関わりたくない。
ハルカは洗面器に出した水で顔を洗いながら、この領地での自分たちの動きについて考えを巡らせた。
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