二百六十三話目 生まれ育ち

 バルバロは鼻息荒いままで席に座ると、水差しから直接水をがぶ飲みした。

 袖で口を拭って、大きく息を吐くと、バルバロは姿勢を正してイーストンの方をちらりと見た。


「おふざけはこの辺にしておくか」


 そういうと今度は、まっすぐにノクトの方を見つめる。


「ノクト殿、我が領はこれからも、麗しき女王陛下の手足となることを誓おう。神龍国朧と、あるいは各地との船による交易のあがりは、これからも王国を潤し続けるだろう。ただこの交易には……」

「その話は一度やめましょうか」


 珍しくノクトが他人の話を遮った。口元は笑っているが、目が細くなり笑っていない。ハルカは驚いて、ノクトを見つめた。こんな顔は見たことがなかった。

 これまでにこやかな笑みを見せたことしかなかったノクトが、表情を変えたのを受けて、バルバロも口をつぐむ。


「僕はこの国の中枢にいる人に関わっています。……が、飽くまで他国の住人です。国の重要な事項を、エリザヴェート陛下に持ち帰るための伝達係でもありません。加えて、僕は獣人国に地位を持つものです。その話は本当に、エリザヴェート陛下の教育係をしていた僕にしていい話ですか? それともたまたまこの国の女王エリザと親交のあり、弟子の友人であるイーストンとも交流を深めてきた、冒険者のノクトが、世間話として聞くべきものですか? よく考えてくださいね」


 バルバロはため息をついて、椅子に座った。


「……忠告に感謝する、特級冒険者ノクト殿。友人を利用しようとして悪かった、イース」

「別に、半分以上は僕のためでしょ。今まで通りだって君にとっては問題ないんだから」

「これは独り言なんですけどぉ」


 ノクトが通常話す声量と同じように、そういった。


「絵空事ではないけれど、タイミングは今ではありませんねぇ。例えば各地のおバカさんたちが静かになってからの方がいいんじゃないですかねぇ。この街のつまみは、お酒によく合います」


 前の話などどうでもいいですよ、とでも言うように、ノクトは杯を傾けてから、干物を口に運んだ。

 ハルカたちには話の内容があまり理解できていなかったが、恐らく何か重要なやり取りがあったことは分かった。それがきっと、イーストンの秘密とも関係するのだろう。

 イーストンはその後、場が開かれるまでずっと何かを考えて、難しい顔をしていた。


 バルバロ侯爵邸に泊めてもらって、あくる朝。


 ハルカはテーブルに運ばれてきた食事に、目を見開いた。

 魚介類と香味野菜のスープに隠れて、米の姿を見つけたからだ。スープ多めの漁師風リゾットといったところだろうか。日本の米よりは少し細長いような感じがしたが、久々の米である。

 夢中になって食べているのにバルバロが気づいたのか、笑ってハルカに話しかけてくる。


「なんだ、米が気に入ったのか?」

「ええ、ここに来るまでは見かけませんでしたから。この辺りで作っているんですか?」

「いや、これは交易品だな。海を渡った先の神龍国朧で作っていることが多い。……この米はイースの故郷のものだがな」

「ではイースさんは朧の出身なんですか?」


 バルバロがちらりと目くばせすると、イーストンがそれを睨み返す。


「僕は朧の出身ではないよ。実はそこに行くまでに一つ大きな島があってね。そこが僕の出身。船か大型飛竜がないといけないんだけれどね」

「なるほど、いつかお邪魔してみたいものですね」


 イーストンはハルカの言葉に困ったように笑う。


「そうだね、いつか僕も招待してあげたいと思うよ」

「ええ、そのうち。楽しみにしています」


 その言葉は嘘ではないようだったが、きっと今は難しいのだろう。昨日の話を聞いていたハルカは、余計なことを言ってしまったと反省してこの話を切り上げた。


 それにしても米だ。

 神龍国朧には、確か侍や忍者がいたはずだ。日本と似た文化だと期待していたが、やはりいつかは訪ねてみたいものだと思う。

 何にかえてもというほどではないが、ハルカはほどほどに食道楽だ。

 そこにおいしい和食があるかもしれないと期待するのは当然であった。


 数日間街に滞在して、あちらこちらの観光をする。海辺の街独特の保存食や、これから暖かくなる季節に向けての衣類など、日常で使う買い物をした。


 明日には出立すると告げた日のことだ。

 それならば、ノクトと話すことがある、とバルバロが言いだした。

 本人より護衛任務を一時免除されたハルカたちは、イーストンに連れられて街の外へ出かける。

 必要なものは買ったし、街も大体ぐるりとまわって見せてもらった。

 お別れの前に、のんびり釣りでもしようかと、人があまり来ない釣り場へ案内してもらっているのだ。


 餌はその辺の石をひっくり返して捕まえた虫だ。探せばいくらでもいる。


 針に餌をつけるのにキャーキャー言うようなものは、冒険者にはいない。



 日差しが少し強いから、イーストンは麦わら帽子をかぶっていた。

 日焼けすることのない白い肌は、下手にずっと日の光を浴びていると、ひりひりと痛みだす。


 イーストンは、海釣りが未経験であるハルカたちに、一通りやり方を教えてやった後、自らも岩の上に腰を下ろして、釣竿を海に向けて垂らした。


 海がぎらぎらと太陽光を反射させていて、目がくらみそうだった。


 さて、何から話したらいいのだろう。

 イーストンは竿の先を見つめながら考える。


 友人のバルバロが、余計なお世話で作ってくれた時間だ。流石にその気持ちを全て無碍にして、このまま新しい友たちと別れるわけにはいかなかった。



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