二百六十二話目 旧友

 豪奢な建物に入ると、執事とメイドが並んで出迎えてくれた。

 場違いなのは迎えられた海賊の様な見た目な男と、冒険者達だ。

 イーストンだけであれば、この館の住人なのだろうと納得できる雰囲気である。


 誰に案内を任せるのでもなく、片手をあげてそのまま館に入った男は、迷うことなく一つの扉を開き、ハルカたちを中へ招き入れた。

 男はハルカたちに腰を掛けるよう促すと、自身は部屋の一番奥まで歩いていき、そこで初めて名を名乗った。


「ようこそ冒険者諸君。ようこそ、バルバロ侯爵邸へ。俺がこの館の主、バルバロ=マルティンソンだ」


 ハルカはおおかたそうなのだろうと思っていたせいか、あまり驚かなかった。

 この館は明らかにこの街の一等地に建てられていたし、他のどの建物よりも豪華だったからだ。

 元よりアルベルトやモンタナは高位の貴族に怯むタイプではないし、ノクトは言うまでもない。パーティの中で唯一反応があったのは、お金稼ぎのチャンスかもと考えたコリンくらいだった。


 思ったより反応が薄かったのが不満だったのか、バルバロ侯爵がイーストンの方を向いて文句を言う。


「おい、お前の友達はこんな奴ばかりかよ」

「僕の友達らしいでしょ」

「……そういわれりゃそうか」


 顎を撫でて納得したバルバロは、一度ドアから顔をのぞかせ、館の使用人に歓待の準備をするように告げた。


 そうして席についたバルバロは行儀悪く足を組んで、右の口角だけを上げて笑い、身を乗り出した。その姿は身分を名乗られたあとでも、やはり貴族というより、海の男にしか見えない。


「さ、そっちの名前も教えてくれや。それから各地の様子を聞かせてくれよな」





 イーストンがあちこちの様子を淡々と説明し、そのあとにバルバロがハルカたちにその時の状況の補足を頼み、話を聞いて声をあげて笑う。イーストンの報告だけだと、情報は入っても状況がよくわからず面白くないんだそうだ。

 イーストンが困っていたり、苦労していたりするのが楽しいようで、そんな話を聞くとバルバロは手を叩いて喜ぶ。その度イーストンがむっとしているというのに、そんなことはお構いなしだった。


 イーストンが指名手配されていた話も平気でしているところをみると、よほど信頼の厚い人物なのであろうことがみてとれた。


 イーストンは戦闘の詳細なやり取りや、ハルカたちについて、都合の悪そうな話はうまく避けて話してくれている。それでも何と戦った、どんなことがあったということから、ハルカたちの実力についてはある程度バルバロには伝わったのだろう。

 時折バルバロから探るような視線を向けられることがあった。


 話が大まかに終わった頃にはすっかり食事も済んでおり、大人たちは酒を嗜み始めていた。ここでいう大人たち、にハルカは含まれていない。少しくらいならと思わないでもなかったが、他人の家で醜態をさらすわけにはいかなかった。


 バルバロは強めの酒をショットグラスでぐっと飲み干して、音を立ててそれをテーブルに置いた。


「そんでイーストン。お前の事情はこいつらにどれくらい話してるんだよ?」

「特に何も。事情とか言うのやめてもらえる?」

「友人なんだろ?」

「それとこれとは話が違わない?」

「違わねぇだろ。あーあ、そっかそっか、友人とか言ってるけど腹割って話せないような仲なんだなぁ、はいはい、わかったわかった」


 雲行きが怪しくなってきた。普段は穏やかなイーストンの瞳が、剣呑な光をおびてバルバロを睨みつける。


「相変わらずデリカシーのない男だね。なんでも相手に伝えることが最良の人間関係だと思っているのかな?」

「ちゃんとした友人を作れないイースお兄ちゃんのために、この俺様が手を貸してやろうっていう気持ちがわからないのか、ん?」


 そういえば二人とも、アルコールの強いお酒をさっきからものすごいペースで飲んでいた気がする。心なしか二人の顔は紅潮しているようにも見える。久しぶりに友人と会ったせいで、酒を飲むペースを間違えたのかもしれない。


「泣き虫坊やがいっちょ前に語るようになったね。また泣きだす前にやめておいた方がいいんじゃないの?」

「三十年近く前の話を持ち出すとは、これだから年寄りって嫌だよなぁ! 年取ったら若者の忠告は聞くようにした方がいいぜ」

「余計なお世話だね。そんな風にガキっぽいから嫁がこないんだよ」

「はぁ? 俺はこの街の女性を平等に愛してるだけなんだが?」

「全員平等に相手にされないからね、一方的に愛してる分には迷惑じゃなくていいんじゃないの」

「おいおいおいおいおいおいおい、やるかこの野郎」


 額に青筋を浮かべて、先に席を立ったのはバルバロだった。イーストンは椅子に座ったまま冷ややかな表情で、それを眺める。


「お客さんがいる前で恥ずかしくないの? そういうところがいつまでたってもガキだって言ってるんだけど」

「よーし、表に出ろ。ぶん殴ってやる」


 どすどすと席を立って歩き出したバルバロの背中をイーストンが、座ったまま見送る。どうするのかと思っていると、イーストンはそのまままたショットに酒を注ぎ、それを一息に飲み干した。


「あの……、行っちゃいましたけど」


 ハルカがイーストンに声をかけると、イーストンはいつものように穏やかに微笑んでハルカに答えて見せた。


「ああ、いいんだよ。どうせ少ししたら戻ってくるから」


 イーストンの言うとおりだった。

 数分するとまた床を鳴らして戻ってきたバルバロが、部屋に向かって喚き散らす。


「おい! なんで来ないんだよ! 待ってた俺がバカみたいだろうが!!」

「君が勝手に出て行ったんでしょ。僕はやり合うとは言ってないよ」


 バルバロはこぶしを震わせて、ハルカたちの方をキッと見た。


「おい! こいつ性格悪いから友人辞めたほうがいいぞ!」


 その姿は最初に会った時の堂々たる態度とは一変して、まるで子供のようであった。

 ハルカはバルバロの忠告に、ただ乾いた笑いだけを返した。

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