二百六十四話目 変わらぬ関係

「君たちは、破壊者ルインズと戦ったことがあるかな」


 皆が無心で竿先を見つめている中で、ふとイーストンがそう話を切り出した。


「俺たちはない」

「ないです」

「イーストンさんと共闘した時くらいですね」

「そうだよね、今はあまり人の領域で見かけることがないから」


 ハルカたちの返答に、イーストンはそう言ってまた少し黙り込む。イーストンの視線は竿の先から、地平線へとうつる。

 オランズは森を挟んで蛮族たちの領土と接している。そのため本来、破壊者ルインズとは遭遇しやすいはずなのだが、めぐり合わせなのか、今の所ハルカたちは姿を見たことすらなかった。

 アンデッドとも遭遇していないことを考えれば、相当運がいいと言えるだろう。


「じゃあ君たちは破壊者ルインズのことを、どんな奴らだと思ってる?」

「戦うのが大好きな奴ら」

「人を食べるのがいるってきいたことある」

「見たことないからわかんないです」


 仲間たちの意見を聞きながらハルカは、神聖国レジオンで聞いた話を思い出していた。

 破壊者ルインズは、ゼストという女神から生み出された。ゼストはものの刹那性を美しいと思い、勇敢で猛々しくあるように生き物を産み出したという。

 一方で、オラクル教によれば、破壊者ルインズは平和に暮らす人族を一方的に脅かす悪役である。

 どちらの側面も併せ持つのだろう、というのが未だ多くの破壊者ルインズと出会ったことのないハルカの見解だった。


「恐らく、刹那的で、戦いを好む種族が多いのでしょう。ただ、それぞれきっと意思があり、大義があり、人と同じように社会性も持つ者たちなのではないでしょうか? 人と相いれるかはともかくとしてですが」


 全員の意見を聞いてから、少し間をあけてイーストンは、竿を置いて、ハルカたちの方に体を向けた。目をつぶって深呼吸をしてから、ハルカたちに語り掛ける。


「僕は友人が少なくてね。友人に対して自分のことをどこまで伝えていいものか、結構悩んだんだ。……これから君たちに、僕についての話をしようと思うんだ。聞いてもらえるかな」

「好きに話せばいいだろ」


 すぐにそう返したアルベルトに、イーストンは微笑み続ける。


「ありがとう。僕がこの先の島で生まれた話はしたね。あの島にはね、吸血鬼ヴァンパイアを王と仰ぐ国があるんだ。人と破壊者ルインズの共存する国がある。僕はね、人と破壊者ルインズの混血なんだよ。半吸血鬼ハーフヴァンパイアだね。能力も弱点も半分くらいって感じかな」

「ふぅん」

「ふぅんって君ねぇ」


 黙って聞いている三人に対して、リアクションを返しているのはアルベルトだけだ。あまりに普通に相槌を打っただけだったので、イーストンは苦笑した。


「まぁいいや。吸血鬼ヴァンパイアってね、長生きなんだよ。若いころは血気盛んで暴れる者も多いらしい。誰彼構わず喧嘩を売るせいで、大体が短命だ。でもね、その時期を無事に生き延びて長生きをすると、どういう訳かだんだん穏やかな性格になっていくらしいんだよね。悠久の時を生きた父は、やがて人と共に暮らし始めたんだってさ。そうして神人戦争が起こった頃に、父を慕う人々と共に、あの島へ移り住み、その人たちと共にひっそりと生き続けてきたってわけ。そんな千年単位で生きている、枯れたはずの父が、百年近く前に年甲斐もなく人の女性と恋をした。そこで誕生したのが僕、イーストン=ヴェラ=テネブ=ハウツマンだ」

「ふぅん。お前って何歳なの?」

「だから、ふぅんって君さぁ……。八十歳くらいだけど……」

「爺じゃん」

「……はじめて言われたよ」



 イーストンは、岩からずり落ちるように座って、麦わら帽子を深くかぶった。アルベルトはそれを横目で見て、ため息をついて一度竿を縦にした。針先を確認すると餌だけがとられていて、小さく舌打ちをした。竿を自分の横におくと、イーストンに向き直って、ため息をつく。


「あのなぁ、俺はお前と友達になったんだよ。だからお前が実は王子様だろうと、破壊者ルインズだろうと、爺だろうと関係ねぇんだよ。それを知ったら俺はお前の友達をやめなきゃいけねぇのかよ?」

「……あぁ、うん。……そんなことはないけど」

「けど?」

「いや、そんなことはないよ」

「だろ。それよりお前、秘密話したなら、やっぱり一緒に冒険行けたりしないのか? お前、俺より強いんだからもっと一緒に訓練してぇんだけど」

「それは今は無理かな。一度父にも会ってこないといけないから。僕は亡くなった母に見た目がそっくりらしくてね、親馬鹿なんだよ、うちの父親」

「八十歳の子供の親馬鹿ってなんだよ、ただの馬鹿だろそれ」

「ホントだよね、そろそろ子離れしてほしいよ」


 イーストンは笑って答えて、他の面々の顔も見つめる。


「アルは……、こんな感じだけど。皆はどうかな?」

「すっきりしてよかったですね」


 モンタナが魚を釣り上げて、恐る恐るそれをつつきながらそういった。


「アルとやるより、戦う技術の勉強になるですから、僕としてもイーストンさんが早くチームに入ってくれると嬉しいです」

「おい、今俺のこと馬鹿にしたか?」

「してないです、ほんとです」


 睨みつけるアルベルトと目を合わせることなく、モンタナは魚をバケツに放り込んだ。それを覗き込みに来たコリンは、モンタナに続いてイーストンに話しかける。


「前々から、王子様っぽいとは思ってたのよね。まさか本物とは思わなかったけど、そう言われても納得って感じ」

「今の話のメインはそこじゃなかったんだけどなぁ……」

「わかってるって。でも、イースさんは別に私たちのこと襲ったり食べたりしないんでしょ? だったら別に今まで通りでいいんじゃないかな。皆すーぐ前線に突っ込んでいっちゃうから、イースさんがいてくれると私も安心だし」

「いや、だから、一度島には帰るって言ってるよね……?」


 出遅れてしまったが、ハルカもイーストンへ話しかける。イーストンが別れる前に大切な話をしてくれたのが嬉しかったし、この先も付き合いを続けていきたいという意思を、ちゃんと伝えておきたいと思った。


「私もイースさんがいてくれた方が安心感はありますね。それに、そちらの島に招待してもらう約束もしましたし。師匠の護衛任務が終わった頃にでも遊びに行っていいですか?」

「……なんだか決意を固めて話した僕が馬鹿みたいだ。こんなことならもう少し早く打ち明けておけばよかったよ」


 イーストンは帽子をさらに目深にかぶり、海の方を向く。波が穏やかで、今は水面からの照り返しもあまり気にならなかった。


「遊びに行ってもいいってことですか?」

「……歓迎するよ。ハルカさんの好きそうな食事を用意すると約束する」


 そう答えるイーストンの横顔は穏やかで、見える口元はわずかに綻んでいた。

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