二百四十八話目 中型飛龍は賢い

 翌朝早いうちに森を抜けると、少しずつ岩肌が露出する場所が増えてきた。

 山を登っていくことになるので、平坦な道よりは困難であるが、足下がおぼつかない深い森を歩くよりかはいくらかマシである。

 これが切り立った崖を登るとなると、また話は違ってくるが、今はまだなだらかな裾野を歩いているだけである。


 草食の竜や、小型の竜は鳴りを潜めており、時折頭上を飛龍が横切る。おそらく森の方へ獲物を探しにいくのだろう。

 空を駆ける飛龍は、人の数倍の大きさがあるから、いつハルカたちを襲ってきてもおかしくなさそうだが、不思議とそうはなっていない。明らかに視界に入っても、ふいっと目を逸らして何処かへ行ってしまうのだ。


「なぜ飛龍は私たちに襲い掛からないのでしょうか?」


 ハルカがまた頭上を通り過ぎた飛龍を目で追いながら、イーストンへ問いかける。


「多分人から手痛い反撃を食らった経験が多いからじゃないかなぁ。今飛んでいる飛龍は、割と小型だからね。あの飛龍の卵でよければ、多分もう少し登れば見つけることができるんじゃないかな?」

「もっとでかいのがいるのか?」

「うん、戦闘ができるような飛龍はもっと大きいよ。竜便につかわれるようなのは、彼らでもいいんだけどね」

「大きな竜の方が当然価格は高いよね?」

「まぁ、そうだね。ただ、大きな飛龍は人も襲ってくるから気をつけようね」

「よし、でかいのとるぞ」


 イーストンは、ここらで適当な飛龍の卵を取って帰ると言ってくれないかと、少し期待していたが、コリンの質問が飛んできた時点でそれを諦めた。

 戦闘に出るような大きな竜の卵を手に入れてみたい。

 冒険者というものの性質を、というよりアルベルト達の性格を、ある程度理解しているイーストンは、しつこく危険を説明したりはしなかった。しなくたって彼らはきっちり警戒しているし、覚悟ができているように見えたからだ。


 そのまま斜面を登り続け、昼がすぎ、夕方になる。随分と登ってきたつもりでいるが、いまだに頂上には辿り着かない。それどころか、今登っている山の向こうには、まだそれより高い山がいくつも聳え立っていた。


 空の上では時折、小型の飛龍に襲いかかる、中型の飛龍の姿が見えた。弱肉強食である。

 中型くらいの飛龍になると、おそらく人も襲ってくることだろう。

 ハルカ達は彼らのテリトリーに踏み込む前に、今日の山登りを終えることにした。


 明日からがいよいよ本番といったところである。




 山の天気は変わりやすいと聞いたことがあるが、幸いなことに大竜峰に入ってからの三日間、空に黒雲がかかることはなかった。

 よく晴れているとはいえ、山の空気は冷たく、登れば登るほど、辺りはますます寒くなっていく。

 最近は脱いでいた厚手のマントをみんなで纏い、空に警戒しながら進んでいくこと数時間。


 飛龍の襲撃が始まった。


 それまでぐるぐると頭上を回っていた飛龍が、勢いよくハルカたちに向かって飛んでくるのが見えた。


 ハルカたちとしても、そろそろくるだろうと予測していたから、迎撃の準備は万端だ。

 ハルカは竜たちがぐるぐると回り始めた時から、仲間に告げていたことがあった。


「約束通り、私がやります。逃したものだけお願いします」


 真っ直ぐと降りてくる飛龍は、彼らにしてみれば小さな生き物に過ぎないハルカたちを舐めきっていた。

 その鋭い爪でぐちゃっと掴んで、巣に持ち帰って昼ごはんにするつもりだった。

 果たしてそれは、叶わぬ予定になった。


 ハルカはフェイントも間合いもなくただ突っ込んでくる飛龍を睨み、そちらへ腕を伸ばした。照準を定め、不可視の風の刃を想像する。

 モンタナが昨日話してくれたように、薄く、鋭く、切り裂くことに特化させ、指先の向く方へそれを放った。


 何かを感じたのか、身を捩った竜の両翼を寸断した刃は、さらに空高くへ飛ぶ。それは様子を窺っていた、別の個体の胴体をすんなりと通り過ぎ、ハルカが拳を握るのと同時に霧散した。

 少し消すのが遅れてしまったことを反省しながら、慣性のままに突っ込んでくる飛龍の目の前に、ハルカは障壁を展開した。


 ぐしゃりとそれに激突した飛龍の首の骨がぐしゃぐしゃになり、ずるりと地面に落ちる。


 少し時間を置いて、胴体が真っ二つになった飛龍だったものの肉塊が、破裂するような音を立てて、地面に真っ赤な花を咲かせた。


 あちこちを飛んでいた中型の飛龍が、蜘蛛の子を散らすように点でバラバラの方向へ、一斉に消えていく。

 それでもほんの数体だけは、食い意地を張ってそこに残っていた。残った飛龍たちは、落ちた別個体を食べるために、あるいは容易く捉えられそうな二足歩行の餌を捕らえるために、一斉に滑空して地表を目指した。


 そしてその全てが、地面にたどり着く前に体を裂かれ絶命した。


 野生の生物は、危機察知能力の低いものから淘汰されていく。

 残った中型の飛龍たちは、しばらくの間二足歩行の生き物を見ると、その日の狩を早々に諦めて、さっさと巣穴に帰るようになるのだった。




 そのせいで中型飛龍の卵の値段が高騰することになるのは、また先の話。



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