二百四十七話目 秘密の特訓

 夜は順番に見張りを立てたが、その後飛竜が襲い掛かってくるようなことはなかった。昼行性なのか、遠くの山にも彼らが飛んでいるようには見えない。


 森の中では小さな光が蛍のように明滅している。


 気になったのでそっと近寄ってみると、それは光らなくなってしまう。諦めて木の下へ戻り、座っていると、モンタナが横からつついてきた。

 モンタナの方を向くと、その肩の上に乗った小さな火竜がお腹を明滅させている。しばらくそうしていると、ふらふらと小さな虫が寄ってくる。火竜はベロンと長い舌を伸ばしてその虫を丸呑みした。

 あちこちに見える光は、この火竜の仲間が食事をするためのものらしい。


 夜になる前にも食事をしていた火竜は、幾度かそれを繰り返して満足したのか、いそいそとモンタナの袖の中へ帰っていった。


 それをじっと見送ってしばらくすると、モンタナは自分の短剣を鞘から抜いて、月明りに照らしじっと見ている。おそらく結構な業物なのだろうけれど、ハルカにその真価はわからない。

 最近のモンタナの様子を思い出して、ハルカはモンタナに尋ねる。


「モンタナは、最近身体強化の訓練で悩み事でもあるんですか? いつもより難しい顔をしていますよね」

「悩んではないです。でも別のことを試してたですよ」

「別のことってなんです?」


 モンタナはすっと目を細めて剣を空に掲げた。


「僕の剣はリーチが短いです。体は小さいですし、鍛えても筋肉がつきにくいです。丈夫であることを重視して打たれたこの剣で、丈夫な相手に効果的に傷をつけることは難しいです。この先に戦う相手の中には、今までのやり方では敵わない相手も出てくるですよ。例えば先日の【獅子噛み】は僕だけで相手をするのは難しかったです」


 ひゅんと風切り音をたてて振り下ろされた剣は、素人のハルカから見ても、素早くぶれない素晴らしい剣筋であるように見える。それでもモンタナは少し不満そうだった。


「考えてたですよ。より早く、相手の死角を狙うことは当然の努力として、それでも勝てない相手にはどうしたらいいです? 僕は鍛冶師の息子です。力が、技量がまだ足りないなら、より鋭い武器を、より死角を突きやすい武器を用意すればいいです。聞いたことがあったです、達人の剣は相手の距離感を見誤らせるです」


 モンタナが先ほどと逆の軌道をえがいて、剣を切り上げる。


 頭上から枝が一本、すとんと地面に落ちて刺さった。

 モンタナが空いてる方の手でそれを引き抜いて、枝の根元を見せると、そこは刃物で斬られたように、斜めに鋭くとがっていた。


「僕には体も力もないですが、魔素を体中を巡らせる才はあるです。魔素を見るこの目があるです。体を巡らすのと同じように薄く鋭く、剣に魔素を這わせて、軽くて鋭くて長さを自由に変えられて、それから僕にしか見えない剣を作ったですよ。難点は、ちゃんと戦えるよう調整するまでに少し時間がかかることと、結構疲れることです」


 モンタナは静かに剣を納めて、地面に座った。

 ハルカは黙ってモンタナの話を聞いていたが、その発想力と、強さへの執着に驚いた。アルベルトと訓練しているのを見ていて、負けず嫌いなのは知っていたが、それがあからさまに表面に出てくることはめったにない。

 ただ黙っていつも強くなることを考えていたのだろうか。


 羨ましい。

 こんな風になりたい。

 ハルカもそんな風に思える何かを見つけたかった。何かをしなければいけないような焦燥感に襲われる。


 心の中に小さな火がくすぶっていた。


「ハルカは強いです。それから、戦う時に僕たちに、少し遠慮してるです」

「そ、そんなつもりはありません」


 慌てて否定したハルカをじっと見つめたモンタナは、首を振った。


「いいえ、遠慮してるです。守ってあげなきゃと思ってるです。それが僕は少し悔しいですよ。多分、ノクトさんのことは、守ってあげなきゃいけないって思ってないはずです」


 確かにそう言われてみれば、そうなのかもしれない。

 護衛と言う任務でさえなければ、ノクトは何をしていたところで傷つけられたりしないだろうという安心感がある。一方で、仲間たちは何かあったときには守ってやらなければという気持ちが、少なかれある。

 それは仲間を大切に思う気持ちから出たものだとハルカは思っているが、モンタナに言わせればそうではないのかもしれない。


 モンタナはそんなハルカの気持ちを敏感に感じ取って、今言葉を紡いでいるのだろう。安易に否定できなくなったハルカは、ただじっとモンタナの瞳を見つめ返した。


「ハルカが悪いわけではないです。……でも仲間に認められたいってやっぱり思うですよ。ハルカが安心して戦えるように、アルよりちょっと強く、コリンやユーリが頼りにしてくれる、そんな風にありたいです」


 ハルカは話を聞いているうちに、なんだか照れ臭い気分になってきた。仲間に認められたいという気持ちを、自分だけが持っていたわけではないと気づいたからだ。


 そこには、なんだか青春をしているような、深い友情をはぐくんでいるような、嬉しい方向性でのこそばゆさがあった。これまでの人生でハルカが体験したことのない、不思議な気持ちだった。


「……しゃべりすぎたです」


 モンタナが唐突に視線をそらし、自分で切った枝の先で、がりがりと地面をこそぎ始めた。

 ハルカは、口元が少し綻んでいるのを自覚しながら、自分の耳を撫でる。


「……モンタナ、なんだか私、嬉しいかもしれないです」

「みたいですね、怒られるかもと思ったですが、ハルカは変です」

「そうでしょうか?」

「……です」


 余所を向いて話さなくなったモンタナの耳は、ほんの少し赤くなっていた。

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