二百四十六話目 竜の森を抜けて
深い森に踏み入っていくと、不気味な金切り声の様なものや、大きな生き物の唸り声のようなものが聞こえてくる。
それらは空がよく見えない鬱蒼とした森と相まって、不気味な雰囲気を醸し出していた。
そんな風に思っているのはハルカだけなのか、仲間たちは気にした様子もなくどんどん森の中に入っていく。モンタナを先頭にして、彼が歩いた足跡の上をなぞるようにして先へと進んでいく。
蔓があれば剣で切り裂き、倒木があればハルカが前に出てそれを持ち上げてどける。木を持ち上げて反対側に倒しながら、自分の仕事がまるで重機みたいだと思い、ハルカは一人で笑った。
そうして木をどけていると、先ほどモンタナが捕まえた個体より、さらに小さな竜がわっと這い出して来ることがある。家を取り上げてしまったのではないかと、少し申し訳ない気分である。
しかし卵を取りに行くというのは、つまり子供を奪いに行くということである。それは果たして、と考え始めたところで、ハルカはそれ以上のことを考えるのをやめた。
いちいちこういったことで悩むのが、自分の良くない部分だと知っていたからだ。
いつも野生の獣を食べておいて今更である。
森の中で出会う竜たちは、比較的小さなものが多く、そうでないものは草を食んで生きる草食竜だ。飛竜の卵を探すのならば、早々にこの森を抜けて、岩肌が露出する山の方へ向かわなければならないのだろう。
半日ほど新たな竜の発見をいちいち楽しみながら森の中を進んでいくと、段々と木々の密度が下がってきて、その隙間から青空を拝めるようになった。
モンタナの右手には、最初に捕まえたものとよく似た竜が握られている。時折お腹の辺りを明滅させては、ボッと音を立てて手のひら大の炎を吐くのが気に入ったようだ。
捕まえた虫を口元に持っていくと、ベロンと舌を伸ばしてそれを食べる。夜になるまでそれを繰り返していると、諦めたのか、お腹いっぱいになったのか、その竜はモンタナに握られたまま目を閉じて眠ってしまった。
足場が悪い場所を進んでいたせいで、思ったより距離は稼げなかったが、明日には山を登り始めることができそうだ。日が落ちる前に野営の準備を終えたハルカ達は、大きな木の陰に座って、携帯食を食べながら、今日あった竜たちの話をした。
滑空するように飛ぶもの、木と同じ色をして触られても動かないもの、トゲトゲした甲羅を背負ったもの、大竜峰の名にふさわしい多種多様な竜を見ることができた。
今も視界の先には中型の草食竜の親子連れが、低木の草を食んでいるのが見える。
ハルカたちは黙ってしばらくそれを観察していたが、アルベルトが唐突にぽつりとつぶやいた。
「……あれ、食ったらうまいと思うか?」
「草食動物はまずいことの方が少ないらしいわよ」
「捕まえるです?」
「君たち、野生的だよね」
ハルカは苦笑して三人の話を聞いていたが、イーストンはややあきれ顔だ。これも経験かと思いながら、三人に続いてハルカも腰を浮かせた瞬間だった。
全員が武器を構え、ハルカもまたいつでも魔法を放てるように、近づいてくる音の方を向いた。
大きな影が頭上をよぎり、風をきる音と、羽をはばたかせる音と共に狙っていた竜の親子を空へと連れ去る。一瞬のことだった
首元に突き刺さった鋭い爪が辺りに鮮血をまき散らす。
ハルカはさっと全員の頭上に障壁を張って、それを傘のようにした。中々素早い対応ができたことに、ハルカは自分のことを褒めてやる。
全員がぐるりと首を回して、飛竜が山へ帰っていくのを見えなくなるまで見送った。
「……獲物とられたぞ」
「見事な狩りだったです」
竜の消えた方角を睨みつけるアルベルトに対して、モンタナはふんと鼻息を吐いて感心している。
そんなモンタナの袖の隙間からは、小さな竜が顔だけそっとだして、きょろきょろと周囲を窺っている。やがて何もいないと判断したのか、その竜は袖から出てきて、ササッと腕を上り、モンタナの肩で落ち着いた。そうしてモンタナの顔と反対側を向いて、ぽっと小さな炎を吐いた。それがほっと息を吐いたように見えて、妙に愛らしい。
この小さな竜がモンタナのことを、危害を加えてこない、ご飯をくれる生き物だと判断したのだとしたら、確かに竜と言うのは賢い生き物である。
アルベルトは腕を組んで、少し難しい顔をして、一人で頷いて宣言した。
「よし、獲物をとられたから、明日は飛竜を取って食うか」
「えー……、筋張っててまずそうだよ?」
「飛竜を食べるって聞いたことないけど……」
「おいおい、お前ら悔しくないのか? 獲物横取りされたんだぞ?」
腰に手を当てて、語るアルベルトに、ハルカは横から声をかける。
「食べるかどうかはともかくとして、あれだけ獰猛で素早い生き物です。山肌を登っていったら嫌でも戦うことになると思いますよ。明日はしっかり備えて進まないといけませんね」
「そうだな、よし、じゃあ襲ってきた奴を返り討ちにして、うまそうな部位だけ切り取ることにするか。イース、飛竜を食うならどこがうまいと思う?」
「いや、だから飛竜を食べるなんて聞いたことないんだってば」
「じゃあ余計食ってみないとわかんないだろ、どこがうまいと思うんだよ」
「えぇ……、羽の付け根とかじゃないの……?」
「よし、じゃあそこから試すぞ。コリン、料理は頼んだからな」
適当に答えたイーストンの言葉を採用したアルベルトは、山の頂上をじっと見つめて仁王立ちするのだった。
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