二百四十五話目 森に入る
大竜峰の麓には、広い森が広がっている。
そこに入ると整備された道はなく、木の根がグネグネとしており、非常に足場が悪い。その上に落ち葉が積もって腐葉土の様になっているものだから、迂闊に踏み込んだりすると、ずぼっと足がはまり込んでしまったりもする。
「これは……、結構危ないですね」
ハルカがはまり込んだ足を引き抜いていると、その横をモンタナが跳ねるようにぴょんぴょんと移動する。木の根の上を跳んで歩いているようだが、ハルカが真似したら苔で滑って転びそうだ。
どこまで行くのかと眺めていると、数メートル先まで行って一瞬しゃがみ込んだかと思うと、同じように跳ねて戻ってきた。
「捕まえたです。あの辺にいっぱいいるですよ」
そう言ってみんなの前に出したのは、小さなトカゲだった。オレンジがかった綺麗な色をしている。
皆がそれを覗き込もうと傍に寄ったとき、そのトカゲの腹が明滅し、ぷくっと広がる。何か嫌な予感がしてハルカが身を引くと、他の仲間たちもすっとトカゲから距離を取っていた。モンタナもぽいっとそれを投げ捨てる。
小さな爆発音がして、小さな竜が落ちたその四方数十センチがはじけ飛ぶ。
「おい、なんだあれ」
「多分小さな火竜の一種ですねぇ。群れで暮らしていて、食べられると爆発して捕食者を殺し、群れを守るんでしょう」
ノクトが呑気に解説をして、そこに布を広げて座り込んだ。
「じゃあ皆さん、僕はユーリとここで待ってますからねぇ、頑張ってくださいねぇ」
「おう分かった、って何度も騙されると思うか? お前も一緒に来いよ」
「いやぁ、足場が悪いですしぃ」
「そりゃそうだが、おいてくと勝手にどっかに連れ去られそうじゃねぇか」
「今回は行きませんってばぁ、ユーリも一緒にいますしねぇ。たまには僕なしで冒険させてあげようっていう老婆心ですかねぇ」
「っつってもなぁ」
「……ノクトさんは障壁に乗ってるですから、足場が悪いとか関係ないです」
「……おい、じいさん」
納得しかけたところでモンタナに突っ込みを入れられて、アルベルトはノクトを睨みつける。ノクトは軽くそれを受け流しながら、笑う。
「それはそうですけどぉ、ほらぁ、たまには自分達だけで冒険しましょうよぉ。それともアル君は、僕なしじゃ竜の卵一つもとってこれないんですかぁ?」
「……やってやろうじゃねぇか、絶対にいなくなったり、連れ去られたりするなよ!?」
のしのしと森の中へ入っていったアルベルトは、早々に木の根の隙間に足が嵌った。乱暴にそれを引き抜きながら、仲間たちに声をかける。
「ほら、行くぞ。あいつに吠え面かかせてやる」
のしのしと歩いていくアルベルトに、モンタナとイーストンが続く。
コリンが呆れたようにそれを見ながら口を開いた。
「すーぐ乗せられるんだから。ノクトさん、私も行くけど、ホントにいなくならないでね?」
「今回はそういうのじゃないから大丈夫ですよぉ」
「今回はって……。もう、待ってよー」
コリンもノクトのことをジト目で見つめてから、仲間たちを追いかけた。
「ハルカさん、大概のことは大丈夫だと思いますが、もしこの山の主に会ったら無理せず逃げるんですよ。どうにもならなさそうなら会話を試みてください。長く生きた真竜は人の言葉を解します」
「……師匠がいなくなることを懸念するわけではないですが、一緒に来てくれてもいいんですよ?」
「たまには君たちだけで冒険してもいいでしょう。大竜峰は強い竜に厳しい自然があって、訓練には適しています。一週間たっても戻らなければ探しに行ってあげますよ」
「一週間以内に卵を持って帰ってきます。師匠もお気をつけて。あと、本当に勝手にどこかに行かないでくださいね」
「おや、弟子まで僕のことを信用してくれないんですかぁ?」
「疑われるような行動が多いからだと思います。ユーリ、行ってきますね。いい子で待っていてください」
頭をなでてやると、ユーリはムッとした顔でその手をつかんで離さない。
「いっしょにいく」
「そう言わず、師匠と一緒に待っていてください」
「いっしょにいく」
「師匠、やっぱり一緒に行きませんか?」
「だめですよぉ」
ノクトはユーリの指を一本一本はがして、その身体を抱き上げた。
「ユーリ、皆にもたまにはひりつくような冒険をさせてあげましょうね。君がいると、皆は全力で戦えません。早く大きくなって強くなりましょうねぇ」
赤ん坊に対して優しいようで厳しいことをノクトは平気で言う。
口がへの字になっているユーリはぷいっとノクトから顔をそらした。
「おーい!ハルカ、早く来いよ!」
随分と森の奥に入ったアルベルトが、大きな声で呼びかけてくる。
「はやくかえってきてね」
それでも聞き分けたユーリは、ハルカに向かって体をそらして一生懸命に手を振った。ハルカはそれに笑いかけてから遠くから呼ぶアルベルトの声にこたえる。
「今行きます!……ユーリもいい子でいるんですよ。ユーリと一緒に成長する飛竜の卵を取ってきます。大きくなったら乗せてもらいましょうね」
ユーリが頷くのを見てから、ハルカは森に足を踏み入れた。慎重に歩を進めると、仲間たちに追いつくのにも少し時間がかかる。
待っていてくれた仲間にようやく近づいて、ハルカは手を上げる。
「すいません、お待たせしまし、たっ!!」
その瞬間ずぼっと足が木の根の間に挟まり、ハルカは恥ずかしさから、その顔に曖昧な笑みを浮かべたのだった。
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