十一章 竜たちの峰

二百四十四話目 お悩み

 エレクトラムを出るとしばらくの間平坦な土地が広がっている。

 大竜峰までは順調にいけば半月程度で到着するはずだ。


 途中で南へ下っていくと、プレイヌの領土へ向かうこともできるが、その途中には辺境伯領がある。恐らくそこではイーストンが指名手配されているはずだから、南下するわけにはいかない。


 すでにエレクトラムを出てから数日が経つが、今のところ後をつける者の姿はない。侯爵が伯爵と事を構えたことが理由なのだとしたら、感謝しなければいけない。


 ハルカは身体強化をして疲労したアルベルト達に治癒を施しながら、エレクトラムの方を振り返った。


 最近のモンタナは、何か難しい顔をして身体強化を行っている。本人たちが言うには、モンタナが一番器用に強化をするらしい。必要な場所に必要なだけ強化をするのは、結構難しいそうだ。

 その段階をいち早く越えたモンタナは、一人で何か別の修行をしているのかもしれない。


 この辺りはエレクトラムの息のかかった領域なのか、下手に絡んでくる領主もいない。そのことからもデルマン侯爵が、かなり広い範囲に影響力を持っていることがわかる。

 今更ながら侯爵への対応はあれで良かったのだろうかと悩んでしまうのが、ハルカの小市民たるところである。


 最近はすっかりこの辺りも春めいてきて、あちこちに動物の姿が見えるようになってきた。魔物も現れかねないから危険なのであるが、ハルカ達にとっては出てくる動物は、新鮮なたんぱく質でしかない。

 エレクトラムでいくらかの香辛料を仕入れていたので、毎日の食事が豪華で嬉しいばかりである。


 そんな充実した旅を続けて十日ほど経つと、進行方向に山脈の頭が見えてきた。


 大竜峰だ。


 今の場所からでは見えないが、近寄ると中腹には飛竜が飛び回り、ふもとの森にはたくさんの小さな竜や草食の竜が生息している。


 竜のことを考えるとわくわくしてくる。仲間たちもそれは同じで、ここに来る間に何度もその話をしている。

 特に飛竜を捕まえて空を飛びたい、と言うのが一番熱い話題で、みんなそれを話すときは目を輝かせていた。


 いよいよあと一日くらい歩けば大竜峰にたどり着くだろう、と言うところまできた夜。

 遠くの空には既に大型の飛竜が飛んでいる姿が見える。

 今は豆粒ほどにしか見えないが、もっと近くへ寄ってみれば迫力満点に違いなかった。

 当然話題は竜のことで、どうやって捕まえるか、餌は何を与えればいいのかと話しは尽きない。そんな風に盛り上がっているところで、珍しくイーストンが話に割って入ってきた。


「……あの、さ」


 深刻そうな表情に皆が会話をやめてイーストンを見つめた。そういえば最近イーストンは、皆が楽しく話しているときに、一人悩んでいるような顔をすることがあった。ハルカはひそかにそれを心配していたので、ようやく相談してくれる気になったのかと、イーストンを見つめて身構えた。


「いや、あの、皆が楽しそうにしてたから言いづらかったんだけど、育った竜って捕まえて調教できるものじゃないんだよね」

「そうなのか?」

「竜は賢いけど、それだけに自分を負かした相手に従うほど、プライドのない生き物じゃないんだ。殺さないで勝てても、恨みを持って襲ってきたりするぐらいだよ。人と共に暮らしている竜たちはね、卵のころから人に育てられた竜なんだよ」


 場が静まり返ったのを見たイーストンは、視線をそらしぽつりとつぶやく。


「ごめん、もっと早く言えばよかったね」


 アルベルトが隣に座るイーストンの背中を平手でたたいた。


「なんだよ、もっとやばい話かと思っただろうが、驚かせんなよ! なんだ、お前竜に詳しいの?」

「ああ、まぁ、そうだね。家で飼ってたから」

「飼ってた!? イースさんってやっぱりお金持ちなんだ!」


 何故か興奮するコリンに、ハルカは笑う。


「それじゃあ、竜を飼うにはやっぱり卵をとってくるしかないんですかね?」

「そうだね、卵からなら何とかできるかな。自分でふ化させたこともあるし」

「飛竜の卵の区別もつくですか……?」


 モンタナがイーストンの顔をじっと見て尋ねる。モンタナもまた、竜のことが気になるのだ。


「うん、見分け位はつくと思うけど……。中腹まで登らないといけないから、捕まえるの結構大変だよ?」

「よし、んじゃあ決まりだな。飛竜の卵を取って帰るのが目標な。拠点作ってそこで飼うぞ」

「よーし、それじゃあいっぱいとれそうだったら卵も余分に取ろう! それ売って拠点の足しにしないと」

「卵ってたくさん持てるです?」

「どうかな。ユーリを運んでるみたいにベッドを作ればいけると思う」


 着々と進んでいく議論を、ノクトはニコニコと眺めている。

 ノクトは竜の生態について知っていたし、イーストンが何に悩んでいるのかも、なんとなく知っていた。

 それでも放っておいたのは、そうしても問題ないと思っていたからだ。


「それじゃあ、障壁ベッドの作り方をハルカさんに教えてあげないといけませんねぇ」

「そうですね! よろしくお願いします」


 旅の合間の平和な夜が、ゆっくりと更けていく。

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