二百四十三話目 縁を残す
「師匠! 戻られたと聞いて挨拶にきましたよ。……おや、昨日の」
青年はハルカとモンタナを見て驚いた顔をして見せた。
「こんなにすぐ再会できるなんて、運命だろうね?」
「違うでしょうね、ロメオ君。私のお客様にちょっかい出すのはやめてもらえるかな?」
「師匠のお客様?それは失礼」
ロメオが流麗な仕草で軽く頭を下げる。ジルは横でそれを見て、補足を入れるように話した。
「ロメオ君は侯爵閣下の末っ子でしてね。悪い子ではないんですが、しゃべりだすとちょっと足りない節があるんです。魔法使いとしての才能がほんの少しあるので、それを一人前まで育ててみようと思い、弟子に取った次第です。彼を立派な魔法使いに育てられれば、私の理論の完成度が保証されたようなものですから」
淡々とした口調で結構辛らつなことを言っている。
つまり、ロメオにはそれほど才能がないから、実験体にちょうどいいと言っているのだ。
「相変わらず酷いことを言いますね」
「事実です。虚言を吐くのは苦手なもので」
「ああ、誤解なきように言っておきますが、師匠は優しい人です。九番目の味噌っかすである私を一人前に育てようと構ってくれたのは、師匠ぐらいなんですから」
自分がけなされているというのに、その相手をかばうというのはなかなかできることではない気がする。余程の深い関係性ができているのか、あるいは彼の居場所がそこにしかないからか。
昨日の様子も合わせてみるに、ロメオの自信満々な態度は、きっと精いっぱいの虚勢なのであろうとハルカは思った。
「うーん、昨日の彼が恋人じゃないとすると、もしかして残りの二人、どちらかがあなたの恋人でしたか?」
「ちげぇよ」
「違います」
アルベルトは表情一つ変えずに答える。イーストンもすまし顔だった。
彼らがそういうことを気にするタイプではないから良かったが、なんでもかんでも恋愛方向にもっていこうとするのはどうなのだろうか。これは静かに経過を見守っているコリンにも言えることだが。
ハルカがじろっとコリンの方に目を向けると、さっと目をそらされた。
「まさか、まさか、こんな美女を放っといてるんですか? これはやはり、私がお相手を務めさせていただくしかありませんね」
「まま」
「ん、どうしました、ユーリ」
ロメオが演説している間に、ユーリがばたばたと手を振ってハルカのことを呼んだ。対面に座っていたので、ハルカは立ち上がってユーリのそばに寄ってやる。そうして身を乗り出してうんと伸ばされた手を取り、ハルカはユーリを抱き上げた。
「ままはあげない」
「はいはい、一緒に旅をしましょうね」
ロメオがよろっと大げさに体を傾かせた。わざとらしいが画にはなっている。それがなんだか少し鬱陶しかった。
「こ、子持ち……、禁断の愛……」
ハルカは何かを言おうとしてやめた。勘違いしているならそれでもいいかと思ったからだ。ユーリの背を優しくたたきながら揺さぶってやると、機嫌よさそうな笑い声が聞こえた。
ロメオが幾分か静かになったところで、店から出て、ジルとは別れることになった。ハルカはジルに魔法についての教えを乞おうと思ったのだが、残念ながらそれは断られてしまった。
今の魔法の運用法を軽く話したところ、呆れたような驚いたような複雑な表情でそれを遮られてしまい、こういわれた。
「正直な話、私が使う魔法とあなたの使うそれが同じものとは思えません。体の構造からして違うのではないかと思うほどです。私の運用法を教えれば、あなたの魔法の幅は飛躍的に広がるでしょうね。しかしそれをすると、もし私があなたと敵対したときに、自分の首を絞めることになりそうです。私はこう見えて負けず嫌いなのですよ」
魔法使いの地位向上を図りたくても、自分より強いやつを生み出したいわけじゃない。傲慢な冒険者らしくて面白い考え方だった。やはり上澄みの冒険者には癖の強い人しかいないらしい。
嘘も気づかいもないお断りは、いっそ清々しい程だった。
「さて、長生きをしていればまた会うこともあるでしょう。その時に敵か味方かはわかりませんがね。一年後、あるいは十年後、はたまた五十年後か百年後、またお会いしましょう」
別れ際に、ジルはハルカたちに向けて、にやりと笑いそういった。
初老の男とは思えないほど挑戦的で、百年後まで生きる気満々の、憎たらしい笑顔だった。
ハルカたちはそれから十日間、街でのんびりと過ごした。
その間にメイジーたちは城へ赴き、無事協力を取り付け情報を共有してもらうことができたようだった。
元々街の裏方として力を持っていたスロート家だったから、戦闘員を多く失っていても、その影響力は依然強い。侯爵としても、その力を利用したほうが街を統治しやすいのだろう。
そのメイジーたちからの情報によれば、侯爵はこれから、西の伯爵家と冷戦状態に入るらしい。捕らえた兵士たちが、伯爵家の関係者であることがハッキリとわかったからだ。
いきなりドンパチが始まるとは思えないが、王国の南西部はしばらく荒れそうな雰囲気である。
それからもう一つ有益な情報があった。
伯爵家の協力者の中に、優秀な暗殺者がいたというものだ。
エドガーが最後に話していた人物で、おそらくこれがハルカたちの後をつけていた者の正体だ。
侯爵家が騒ぎを起こして、領内の警備を厳重にしてくれれば、ハルカ達の後をつけていた者たちもまた、活動がしにくくなるだろう。
ハルカたちは、侯爵領の付近の警邏が活発になるのを待って、街を出発することにした。十日間も待った理由はこれだった。
出発の前日にはスロート家へおもむき挨拶をかわした。
長く引き留められることはなかったが、メイジーは名残惜しそうな表情でハルカ達に話しかける。
「いつかまた近くに来た時には、立ち寄ってくれ」
「そうですね、そのつもりです」
「そう言って、お爺様の時みたいに、私が死んだ後に来るんじゃないのか?」
「いやぁ……、しぶとく生きてると思ったんですけどねぇ」
ノクトが目をそらして呟いた。それを見てメイジーは噴き出すように笑う。
「冗談だ。でもきっとまた来いよ。次はもっといい酒を造って飛び切りのごちそうを用意してやる」
「それは楽しみです、ぜひ来なくては」
メイジーが指をパチンと鳴らすと、屈強な男たちが、残っていた支払いと、高価な酒を持って現れる。酒はノクトが夜にちびちび飲むようにリクエストしたらしい。それを知っていたアルベルトが、無理やりノクトのカバンにそれを押し込んだ。
お金はいつも通り、コリンが確認してしまい込む。
別れ際にウェストがぽつりとつぶやくようにハルカに告げた。
「お嬢を治してくれたこと、本当に感謝する」
「いいえ、お役に立てて良かったです」
周りに聞こえないように言ったのだろう。ハルカも小さな声でそう返した。
出発の日。たくさんの人に紛れて門をくぐる。
それを見送るものは誰もいなかったが、寂しいとは思わなかった。
いつかまたこの街に来る時のことを楽しみに、あるいはこれから向かう大竜峰のに思いをはせて、ハルカ達一行はエレクトラムの街を後にした。
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