二百四十九話目 おいしいお肉の秘密
一体目の羽を切り落として尚、鋭さと勢いを全く衰えさせない風の刃。それが遥か空の上の飛竜を真っ二つに分断したのが見えた。
ハルカは慌てて拳を握り締める動作をしてそれを消した。
手の動きと連動させると魔法を制御するのが簡単だと気づいたのは、ノクトのおかげだ。
ノクトは障壁を操作するとき、指を小さく動かしていることが多い。
それはともかく、出力を気にするあまり、魔法を消すのが遅くなった。
もしこれが地上で使った魔法だった場合、無駄に被害を生んでいた可能性がある。制御には最大限気を遣わなければならない。
空を舞う飛竜たちの動きに動揺が走る。
多くの飛竜が逃げるように消えていく中で、低く長い唸り声をあげてこちらを威嚇するグループが残った。
それらは一斉に地表に向けて降下してくる。
どんな攻撃をしてくるかわからない竜を、自分たちのそばに寄せるわけにはいかなかった。
この戦いでハルカは、仲間たちに手を出させる気はなかった。
ばらばらに襲い掛かる竜のすべてを視界に入れて、空間を薙ぎ払うように腕を振るった。指先から水しぶきを飛ばすように、無数のウィンドカッターを空へ放つ。
その一つ一つはハルカから離れるにつれて幅が広がり、襲いくる全ての竜の身体をばらばらに切り裂いて消えた。
竜の肉片が地面に叩きつけられ、しばらくの間、パラパラと血の粒が地面をたたく音が響いた。ハルカの前面数十メートルが血なまぐさく真っ赤に染まっていく。
ハルカはぐるりと空を睥睨し、振り切った腕を下ろした。
「……終わりました」
大きく息を吐いて、ハルカは小さな声で仲間に告げた。
「……やっぱつええな。肉の食えそうなとことってくるから、ちょっと休んでろ」
バンと結構な力でハルカの背中を叩いたアルベルトが、手前の竜を解体しに向かう。
「やることなかったです、次は僕がやるです」
アルベルトの後にモンタナが続く。
「んんんん、ハルカカッコいい!」
ぐりぐりとハルカの腕に頭をこすりつけて、コリンも飛竜の肉を取りに行く。
ハルカは、身体から力を抜いてその場に座った。
じゃりっと足音がして、横にイーストンが並ぶ。
「異常だね」
アルベルト達の方を見ながらそう呟いたイーストンを見上げる。イーストンは、そのまま続けた。
「ハルカさんの身体強化や、魔法の展開の仕方は、ちょっと異常だよ。それにまだ余力があるでしょ?」
ハルカが黙ってイーストンのことを見上げる。探るような目つきでハルカを見下ろしたイーストンだったが、不意にそれをやめる。
「…………いったい何者かって聞こうと思ったけどやめておくよ。友人の嫌がりそうなことはしたくないからね。君が聞かないのに、僕だけ聞くなんて不公平だ。悪かったね」
イーストンは肩を竦めて苦笑した。
ハルカもそれに合わせてうっすら笑う。
アルベルト達は、遠慮せずに何でも聞いてくるのが心地いいが、イーストンの心遣いにはそれとは逆の心地よさがある。人との付き合い方にもいろいろあるものだ。
「そのうち色々分かったら、お互いに話をするとしましょう」
「それは楽しみだね」
本当にそう思っているかわからない軽い口調で同意したイーストンは、ドラゴンの解体現場へと歩いて行った。ドラゴンを食べようとする人なんて、街にいたら見られない。珍しい光景を見物しに行ったようだった。
イーストンにアドバイスを受けながら、小一時間ほどかけて竜の解体を行う。牙や爪、火炎袋や肝など、金になる部分をえり分けていく。
途中でコリンは抜け出して、軽食の準備を始めた。
飛竜の肉で串焼きを作る気らしい。
鼻歌交じりで、ハルカが持っている調味料を取りに来て、遠火で肉をあぶっている。
解体を終えた三人が戻ってきたので、ウォーターボールを出してやり、血まみれの手足を綺麗にしてもらう。
既に肉からいい香りが漂い始めていたので、アルベルトとモンタナはそちらに視線が釘づけになっていた。
戦闘の時の二人は大人びて見えるが、こういう時は実年齢よりも幼く見える。
適当にしか手足を洗わない二人に苦笑して、ハルカは水に流れを付けて、汚れを落としてやった。
「でーきたー、食べながら進むよー。襲ってきそうなのも見えないし、歩きながらね。勝手に持っていって」
地面に刺した串を二本持ったコリンは、そのうち一本をハルカに差し出した。アルベルトは小走りで一本の串焼きを地面から抜き、すぐにかじりつく。
「……うめぇ。うまいぞこれ」
ハルカもそれをかじってみると、確かにうまい。方向性としては、いつか食べたタイラントボアの肉に、似ているような気がした。
それぞれが串を持ったのを確認し、歩き出しながらハルカはイーストンに尋ねる。
「もしかして、飛竜と言うのは、魔物なんでしょうか?」
「どうかな……、でもそうであってもおかしくはないね。食べようと思ったことがなかったから、考えたこともなかったけど……」
「こんなにうまいのに、なんで知られてないんだ?」
あっという間に肉を食べ終えたアルベルトが、不思議そうにしている。目線がハルカの持っている串焼きに向いていたので、ハルカもさっさと肉を口の中に詰め込んだ。
「ばれると狩られて絶滅しちゃうからかも!」
「普通そんなに簡単に飛竜は狩れないんだけど……」
コリンの思いつきを、イーストンは呆れたように否定した。
「じゃあなんでだろ?」
「推測でしかないけどさ、多分竜の肉がおいしいことは、知ってる人は知っているんじゃない? でも、その肉に飛竜の卵程の価値はないんだよ。だから、大竜峰に来る冒険者は、肉がうまいことを外に漏らしたりしない。そんなことを知った金持ちに、竜を生け捕りにしてこいなんて言われたら面倒だからね」
「おぉ……、イースって頭よさそうだよな」
「それ褒めてるの?」
「おう、褒めてるぞ」
ジト目で見返したイーストンにアルベルトが正直に返事をする。
「あ、そう……、ならいいんだけど」
イーストンは下を向いて、困ったような表情を浮かべながら頭をかいた。
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