二百三十五話目 擬態

「ほう、これは素晴らしいな。地味なものもあるが、どれも洗練されている。……しかしどれも、隣の君ほどの輝きはないな」


 その男は熱心にモンタナが作ったものを眺めていたかと思うと、髪を掻き上げながら格好をつけてそう言った。

 ハルカはそもそも男性を恋愛対象としてみていないが、もし見ることができたとしても、こういった気障な相手は好みではない。若気の至りだなぁと思いながら、ぼんやりとその男のことを眺めた。


 身なりは良い、顔もいい、しかしどこかぼんやりとしたしまりのない表情をしているように見えるのは何故だろうか。


 そんなことを考えているうちに返事をする時間が過ぎて、無視したような形になってしまった。


「なるほど、その冷たい瞳も魅力的だ。おい、私はここでしばらく過ごす。お前たちは帰れ」

「はっ、しかし、護衛が……」

「問題ない。昨日街の問題は解決したのだろう?」

「とはいえ、まだ残党がいる可能性がありまして」

「しつこい、私が帰れと言ったら帰れ。何かあったとしてもお前たちに責任を被せるようなことはしない。父上とて、私の身に何かあったとて気にしないだろう。わかったらさっさといけ、ほら、解散、解散だ」


 ついてきていた護衛は少し悩んでいる様子だったが、男が手を振って解散宣言をすると、すごすごと離れていった。

 男は腰に手を当ててそれを見送り、得意げにふふんと笑い、ハルカに流し目を向けてきた。


「私はロメオ。あなたの名前を教えていただけますか?」

「ハルカです。冒険者をしています」

「なるほど、汚泥の中に咲く一輪の花と言ったところか。私と共に昼食などいかがかな?」


 言葉一つで、ロメオと言う男が冒険者を見下していることが分かった。ナンパするときは相手の所属を見下して、自分に優位性を作るように習ったのか、それとも考えなしなのか。どちらにしてもいい気分はしていなかった。


「ありがたい申し出ですが、昼食は先ほど頂きました」

「んー、それでは一緒に街の散策などは?」

「私はここにいたいのです。あなたがモンタナの作品を購入するためにここにいるのでないのなら、場所を開けていただけませんか? ここには彼の付き添いで来ているので、商売の邪魔をしたくないんです」

「ふむ……、成程。よし、店主、ちょうどいい! 商品を全て頂こう。この申し出がなくても、なかなかのものを売っていると思っていたのだ。言い値で支払うぞ」


 モンタナはちらりとロメオを見上げ、つんと顔を少し逸らして一言だけ答えた。


「や、です」


 三人の間にしばしの沈黙が流れ、ロメオはとりだそうとした財布をしまい込んで、顎に手を当てて考える。


「まさか……、恋人同士だったか?」

「いいえ」

「違うです」

「おお、よかった! 野暮なことをしてしまったかと思ったではないか。ではハルカ殿、現在特定のお相手はおりますか?」

「いません」

「ではお試しで構わないので、今日のこれからの時間を私に預けてはいただけませんか?」

「えーっと……、ですから、私はここでモンタナと一緒にいたいんです」

「中々ガードが固いな……。よぅし分かった。それでは私も一緒にここにいることにする!」


 ロメオはそういうと、商品の横から回りこみ、ハルカの横に腰を下ろそうとした。しかし、座る直前に、すっくと立ちあがったモンタナが場所を移動して、その間に入りこむ。モンタナを挟んで、みちっと三人が密集した。

 両側に座ったロメオとハルカが、少しずつ左右にずれると、モンタナがすとんとそこに座る。


「……どういう関係なんだい?」

「冒険者チームの仲間ですけど」


 モンタナをはさんでの会話だったが、当の本人は知らん顔だ。

 ロメオは間にいるモンタナを気にしないことにしたのか、そのままハルカに話しかける。


「見ない顔だが、街の人ではないのかい?」

「ええ、旅をしています」

「いつから冒険者を?」

「まだ一年くらいでしょうか」

「エルフ、ではないね?ダークエルフと言う種族かい?南方大陸にいると聞いたことがあるが」

「そうみたいですね」

「私が何者か気にならないかい?」

「……はぁ、まぁ、そうですね」

「……もしかして私が話していると邪魔かな?」

「あ……、いえいえ、どうぞお構いなく」

「……少し静かにしていることにするよ」


 そういうとロメオは本当に静かになった。

 最初のうちは何を企んでいるのか気になって、様子を見ていたが、何か企んでいる様子もない。

 ただじーっとモンタナが並べた商品を見つめて、それが終わると今度は人ごみの方をぼんやりと眺めていた。


 時折吹く風に髪をなびかせている様は絵になる。少しぼんやりとした印象を受ける表情も、こうしていると物憂げにしているようにも見えてくるから不思議だ。


 いつの間にか雑踏を描いていた絵描きが、こちらを向いて絵を描き始めていた。


 十分、三十分としゃべらなくなって、時折来る客にモンタナが対応するくらいで、穏やかな時間を過ごす。日が傾いてきて、太陽の色が変わり始めた頃に、ふとロメオが口を開いた。


「冒険者っていうのは、いつもこんな自由な時間を過ごしているのかい?」

「……自由ではありますが、危険も多いですよ」

「そうかぁ……。でも籠の中の鳥よりは、そのほうがいい気がするなぁ」


 自由に生きているように見えるロメオの口からそんな言葉が出てきてハルカは不思議に思った。しかし、モンタナは違ったようで、ちらりと一方向に目を向けてから、小さい声で相槌を打った。


「いつも見られているっていうのは、肩が凝りそうです」

「わかるのかい?」

「今も見てるですからね」

「……やっぱりか」


 モンタナの言葉にハルカはぐるっとあたりを見回してみるが、誰かが隠れているようには見えない。


「これあげるです」


 モンタナが袖の中から、小さな青黒く輝く石がつけられたブレスレットをロメオに差し出した。


「ああ、いくらだい?」

「あげるっていったんですよ。もうお迎えが来たみたいですから」

「……いや、支払いをするよ」


 モンタナはため息をついて、ロメオのポケットにそれをねじ込んだ。


「作ったもの褒めてくれてありがとです」

「あ、ちょっと!……ああ、ホントだ、迎えが来ちゃったね。……それじゃあハルカ殿! また明日もここにいてくれると嬉しいんだけど、どうかな?」

「……おそらくはいないかと」

「……そうか、残念。でもきっと運命がつながっていればまた会うこともあるだろね。その時を楽しみにしているよ!」


 さっと立ち上がったロメオは、迎えの護衛たちの方へ歩いて行って大きな声で話しかける。


「いやぁ、今日のナンパはうまくいかなかったよ。美人なだけにガードが固かった」


 その後ろ姿は、お気楽な道楽息子のいつもの姿にしか見えなかったが、どうやらモンタナの反応からするとそうではないらしい。

 人を見る目でもモンタナに勝てないのかと思うと、少しがっくり来るものがあった。


「ナンパは方便だったんですかね」

「いいえ、最初は本当にナンパだったと思うですよ。だから間に入ったです」

「え、あ、そうでしたか」

「です」


 もしかしたら変に同情する必要はないのかもしれない、とハルカは思うのだった。



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