二百三十四話目 エレクトラムの市場

「まぁしゃぁねぇ。元から勧誘が成功するだなんて思ってなかったからなぁ。っつっても、少し考えるくらいしてくれてもいいんじゃねぇの?」

「だから無理だと言ったでしょうに」

「うるせぇ」


 後ろからウェストにぼそっと突っ込まれ、メイジーはのけぞりながら言い返した。

 確かに関係は良好そうだ。お互いに相手のことを嫌っていたわけではないので、変にこじれてなさそうでよかった。


「色々あるだろうが、この街にいる間、できる限りの便宜ははかるぜ。出立の時に連絡もなしってのはやめろよな」


 そういったメイジーの表情は、はじめてあった頃より、幾分か穏やかなものになっていた。まだ幼い彼女は、これからかじ取りでいろいろと苦労していくのだろうけど、ウェストたちと結束して、乗り切っていくのだろう。


 まだ全てが終わったわけではないが、一先ず街が落ち着いて行きそうな流れにはなっている。その身に迫る危険もなくなったので、成長するための時間はあるはずだ。


 その後しばらくの間歓談し、ハルカ達は屋敷を後にすることにした。

 空を見上げると、まだ太陽が真上に上るには少し時間があるように思える。


 この街に来た時に、それぞれ見て周りたいところがあると話していたので、それぞれの行きたい場所に合わせて、グループを分けることにした。


 商店街を見て周りたいコリン、同じくその辺りで武器屋を見たいアルベルトと、それを迷子にならないように見張るノクト組。ユーリは自然とそちら側だ。

 一人で市場に行こうとしていたモンタナと、それについて行くことにしたハルカ組だ。


 王国では獣人が下に見られることもあるようなので、見た目が幼いモンタナを一人だけにするのが心配だった。以前市場で自作の装飾品を売っていた時も、妙な輩に絡まれていた記憶がある。

 モンタナがしっかりしているのは分かっていたが、そういう時はもう一人くらい仲間がいたほうが心強いはずだ。


 ハルカが妙に気合を入れて歩いているのを、モンタナはちらりと横目で見る。きりっとした横顔は、冷たい美人に見えて、街にいる人たちの目を引いていた。ただ、モンタナには、ハルカが何を考えているのかが、なんとなくわかる。見た目と中身のギャップが面白くなってしまったモンタナは、ハルカに見つからないように余所を向いてこそりと笑った。



 街に市場はいくつかあるようだ。

 その中でも宿に一番近い場所へたどり着くと、しばらくその中をうろうろとしてから、よく日の当たる場所にモンタナは腰を下ろした。

 布を広げ、その上に見栄えのいいものをいくつか並べていく。


 その場所は市場の中でも外れの方にあった。周りにいる人たちも、うつらうつらしていたり、人ごみを見ながら絵をかいていたりする。果たして本当に商売をしに来てるのか怪しい人ばかりだ。

 それでもこの場所はなんとなく居心地が良くて、モンタナがここを選んだ理由がわかる気がした。


 準備ができたモンタナは、ペタンと地面に腰を下ろして、目を細めて空を見上げる。尻尾がゆらゆらと揺れ、耳が時折ぴくりと動く。


 新芽が出てくるような季節だ。

 日向でぼーっとするのにはちょうどよかった。


 偶に訪れる人は、この辺りに並んでいるものを真剣に見ている様子はない。暇つぶしの冷やかしのような雰囲気があった。それでも数人に一人は、モンタナの前で一度足を止めて、まじまじと眺めていく。


 巾着を取り出して中身を確認して、眉を顰めて離れていく人。

 これはどちらが作ったのか、と尋ねて、ひとしきり唸って、イヤリングを買った人。

 座り込んで、しばらく口をぽかんと開けてまじまじと商品を見ていった少年。


 モンタナもそういう人と向き合い話をするときは、どこか嬉しそうな雰囲気がある。


 人が途切れたときに、ふとモンタナに話しかけてみる。


「モンタナは、こういう仕事も向いているのかもしれませんね」

「……かもしれないです。けど、商売するのには向いてないと思うです」

「それは何故ですか?」

「作ったものを売る相手を選びたいからです」

「あぁ……、芸術家タイプなんでしょうかねぇ」

「こういう仕事をしていたほうがよかったと思うです?」

「いいえ、冒険者になってくれてよかったと思いますよ」

「そうですか」


 皆まで言わなくても、なんとなく考えは伝わっているはずだ。モンタナの尻尾が大きく動き、ハルカの腕を幾度か優しくなでた。


 そんな風にのんびり過ごしていたところ、人ごみが少しざわめき始めた。従者を連れた青年が、あちこちを覗きながら少しずつこちらへ近づいてきている。

 白い肌に太陽を反射するような金色の髪、目の色は碧く、王子様のような見た目をしている。惜しむらくは上背が少し足りないくらいか。ハルカよりも少し背が小さいように見える。おそらく成人済みだからこれ以上は伸びないだろう。


 しかし、そういった趣味の人からすれば垂涎の的かもしれない。


 その男はやがて閑散としているモンタナ達の方まで近づいてくる。

 人ごみの方では、商品を男に見せようと張り切っている者がたくさんいたが、ここまでくるとみんな静かなものだ。

 うつらうつらしていたものは、完全に寝入っていたし、絵をかいていたものは、目の前に立った男を邪魔そうにしていた。















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