二百三十三話目 精算とお断り

 昨日は、始末がついた後に、メイジーたちと話をする機会が設けられなかった。

 別れ際に、今日また屋敷を訪ねることを約束していたので、朝食を食べて出発する。


 イーストンは外に出かけるのが億劫らしく、宿で待っているという。侯爵家からの使いが来た時のために、誰かを残そうかという話をしていたので、ちょうどよかった。

 案外それを見越して自分から、宿に残ると言い出したのかもしれないとハルカは思う。イーストンであれば、あり得なくも無い気がした。


 何時に行くと約束したわけでも無いので、急ぐでもなくぶらぶらと街の様子を見ながら歩く。


 そうすると、門の前の広場で人が集っているのが目に入った。何かを指差しては、隣の人と話をしている。


 一体何があるのかと、ハルカたちも近くによっていくと、伝言板に一枚の通達が貼り付けられている。


 内容は「昨今出回っていた薬の使用と売買を禁じ、それを破ったものには厳罰を与える」と言ったものであった。


 ある人はよかったよかったと、またある人は禁止するのが遅いのでは無いかと、難しい顔で唾を飛ばしなかわら議論している。


 ちらほらと顔を青くしているものもいるが、それはきっと薬の売買に関わっていたものたちなのだろう。


 それにしても昨日の件から、今回の発布までの流れが随分と早い。やはり元から目をつけていたところに、自分達が割り込みをしてしまった形だったのだろうかと、ハルカは人混みから離れながら考えていた。


 屋敷に着くと、いかつい門番たちに案内されて、最初に話し合いをした部屋に通される。


 ウェストは門には立っていなかった。


 あの日はメイジーが外に出ていたため、特別に門番をしていただけなのかもしれない。


 朝の人が働き出す時間に来たせいか、門をくぐって敷地内に入っていくのはハルカたちだけではなかった。チラホラと、屋敷とは違う方向にある、大きな建物へ向かっていく人たちの姿が見られる。おそらく酒造所で働く人たちなのだろう。

 窓から見下ろしていると、門をくぐる人々は、少し興奮しながら話をしているように見える。彼らも広場に出された通達を見てきたに違いなかった。



 長く待つことなく、部屋にメイジーとウェストが入ってくる。


「よう、昨日はすごかったな。報酬と……、ちっと話をさせてもらってもいいか?」


 メイジーが昨日同様に、ソファにどかっと腰を下ろした。ハルカたちは椅子に座ったり、窓の外を眺めたり、壁に寄りかかったりしていたが、それを気にする風もなかった。ウェストなんかはじろりと睨んできそうなものであったが、今日のところは彼も黙ってメイジーの後ろに控えている。


「まずは、依頼をきちんとこなして貰ったことに礼を。あんたらホントに強かったんだな。こんなこと言っちゃ悪いが、俺は博打のつもりで挑んだんだぜ。飛んだ見込みちがいで、恥ずかしいったらねぇ。んでもって報酬だ。ウェスト」

「はい。報酬は冒険者ギルドへ預ける。金貨五百五十枚は重いからな。必要な分だけ引き出して使え。旅をする冒険者というのはそういうものなのだろう?」

「はい、それで大丈夫でーす」


 お金の話だったので、ユーリのほっぺたを突いていたコリンが、顔だけむけてそう答えた。


「んで、話の方だ。残念ながら、俺たちが捕まえて口を割らせようとしてた奴らが、全員兵士につかまっちまった。なんとか一人ぐらいもらえねぇかと思ってるんだが、ウェストがいうには、交渉がめんどくさくなるんだと。……昨日の夜ウェストとも色々話をしてな。親父と兄貴が殺されたであろうことを隠してた件については、許してやることにした。俺のことを心配している面もあったらしいしな。これからはちゃんと俺のために働いてもらわないといけねぇしよ」


 自分の話をされているというのに、ウェストは相変わらずむすっとした顔をして、正面をじっと見つめていた。

 振り返ってそんなウェストを見て、悪戯っぽく笑って、メイジーは話を続ける。


「そんなわけだからよ、もし侯爵に呼び出されることがあったら、うちが一人欲しがってたって取り次ぐか、信憑性のありそうな情報もらってきてくれねぇかな。手間賃くらいは払うからよ」

「それは依頼ってことー?」


 そちらの方を振り向きもせずにコリンが尋ねると、メイジーは難しい顔をして腕を組んだ。


「依頼にしないと受けてもらえねぇかな」

「ううん、依頼にすると達成できるかわからないからー、お友達のお願いとしてなら受けてもいいかなー、とか。みんなはどう?」

「コリンに任せますよ」


 ハルカが同意して、男二人はチラリと視線を向けてなにもいわなかった。反対の意見を言わなければ、賛成ということだ。


「ってわけで、うまくいったら手間賃ははずんでね」

「わかった。悪いが頼む。それからこれは、あー……、まぁ、受けてもらえるとは思っちゃいねぇが……。うちに専属で雇われる気は……、ねぇな。だよな」


 話の途中で全員が首を横に振った。金を稼いで暮らしていくために冒険者になったものたちならともかく、アルベルトたちがそれを了承するはずがなかった。まして今はノクトの護衛依頼中だ。


 ハルカは自分が間髪入れずに提案を拒否したことに驚き、そしてそのことを少し嬉しく思ってたのだった。

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