二百二十話目 残念な成果
「トムってお爺様のことか? お爺様ならもう五年も前に亡くなったぞ。八十五歳だったから、大往生だ」
「そうですかぁ、会えるかもしれないと思ったんですけどねぇ」
確かに人間の寿命を考えればぎりぎり会える可能性もある。とはいえ可能性は低いから、ノクトも覚悟をしていたのだろう。そこまで落ち込んだ様子はない。もっともノクトの場合、本当は落ち込んでいたとしても、そう言ったそぶりを見せたりはしないだろう。
メイジーはハルカ達を順繰りに睨みつけてから、腰に手を当てて、突然にかっと笑い、勢いよく話し始めた。
「それにしてもお前、立派な角と尻尾だなぁ! 竜みたいでカッコいいぞ。それからそこの乳のでかい女! 俺のことを助けてくれたらしいな、礼を言う。死んだと思ったのに生きてて驚いた!」
笑って目が細くなると、三白眼が目立たなくなり、途端に人好きのする顔になる。男っぽい口調にさえ目をつぶれば、いよいよただの女の子にしか見えなかった。
そんなメイジーの言葉を聞いて、ノクトが下を向いて息を漏らすように笑った。
「ええ、はい、そうですねぇ。竜の獣人ですからねぇ」
「おお、そうか! 本当にそんな獣人がいるんだな。お爺様が竜の獣人の友がいたと話していたが、与太話かと思っていたぞ! 苦しい時期に手を貸してくれたと、耳にタコができるほど聞かされたもんだ。今回は俺の命を助けてくれたってわけだな」
どかっと身を投げ出すようにソファに腰を下ろしたメイジーは、自分の胸の前で両手をパンと鳴らした。
「さて、どんな礼をしたらいい? 美味い酒なら山ほど分けてやるが、酒が楽しめそうな奴らには見えねぇなぁ」
「師匠、何か用事があってきたのでは?」
「いいえ。僕は本当にトムに会いに来ただけなので、もう用事はないですよ。ハルカさんたちのお好きなように」
ちらりとチームのお財布がかりに目を向けると、指でお金マークを作っている。そうじゃないかと思っていたら、予想通りである意味少し安心である。
此方で勝手に治療してしまったので高額請求なんてするつもりはなかったが、珍しいお酒の一つでも貰って、旅先で売ったりしてもいいのかもしれない。そんなことを考えていると、ボスであるメイジーの許可なく、白髪の男性が勝手にしゃべり始めた。
「お前たちの実力を見込んで頼みたいことがある」
「おい、ウェスト黙れ」
「冒険者なんだろ?報酬は十分払う」
「ウェスト、黙っていろと言っている!」
メイジーが怒声と共にみぞおちに裏拳を叩きこんだが、ウェストはびくともしなかった。
「いいえ、黙りません」
「堅気を巻き込むんじゃねぇって言ってんだよ!」
「彼らはうちのシマのもんじゃありません。実力を見ればわかる、大方冒険者でしょう。報酬を出して手を借りることの何がいけないんです」
「恩人の手を煩わせるな」
「それとこれは別の話です」
突然言い争いを始めた二人を、ハルカ達はしばらくの間黙ってみていた。決着がつかなさそうな口げんかの邪魔をしたのは、いつもの通りアルベルトだった。
「おい、まだ何やんのかも聞いてねぇし、受けるとも言ってねぇだろ。客ほっといて言い争いしてんなら帰るぜ。もう用はねぇんだ」
「待て、今はなす」
「ウェスト!!」
「お嬢はちょっと黙っててください!」
「お嬢じゃねえ、ボスだろうが!」
「ボスならボスらしく、屋敷の中でえらそうにしていてください」
「スロート一家にそんなボスはいなかっただろうが!」
「先代や先々代とは事情が違うでしょう!」
再び始まった言い争いに、アルベルトが拳を振り上げてテーブルを思いきり殴りつける。石でできた天板が、鈍い音を立てた。
拳の下からぴしりとひびが広がっているのを見て、アルベルトが一瞬「やべ」と言う表情を浮かべる。身体強化の訓練の成果が変なところで出てしまった。幸い喧嘩をしていた二人はアルベルトの手元を見ていて表情の変化には気づいていない。
ひびを隠すように拳を広げ、テーブルに手をついてアルベルトは立ち上がる。そんなことをしてもひびは隠れないので無駄な努力だ。
「……帰る」
色々考えた結果出た言葉がこれだった。
相手にも非があるし、今ならまだテーブルを壊したことを怒られないだろうと判断したからだ。
そのままアルベルトが歩いて扉の方へ向かう。特別誰かが強い決定権を持っているわけではないので、一人がこうなれば、ハルカ達もそれに続く。少し申し訳ないような気持ちになりながらも、ハルカも席から立ち上がった。
部屋から出て行こうとする背中に、ウェストの焦った声が投げかけられる。
「問題が解決すれば金貨五百枚払う!」
コリンの足が止まる。その手はアルベルトの服をがっつりと握っていた。
いつものパターンだな、とハルカは小さく笑ってそのまま椅子へ戻る。
いつもと少し違うのは、ノクトの反応だ。
そのままコリンを引きずって外へ出て行こうとしているアルベルトに向けて、申し訳なさそうな声で語り掛ける。
「アル君、悪いんですが、お話を聞いてあげてもらえませんか?」
アルベルトがものすごい勢いで振り返って、じっとノクトを見つめた。ちなみにモンタナは、絨毯の上に寝転がって作業を再開している。
「おい、お前調子悪いのか?」
「あのねぇ、アル君は、僕のことを一体何だと思っているんですかねぇ?」
真面目な顔で心配をしているアルベルトに、ノクトは苦笑して答えた。
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