二百二十一話目 物騒な依頼

 ノクトは昔のことを思い出していた。

 王国領での獣人は、蔑まれる対象だったが、一部の好事家に対しては高く売れる商品にもなりうる。

 散々ひどい目に合わせてやったのに、ほんの数十年あいただけで、その恐ろしさを忘れる。人と言うのは数こそ多いが、質も悪い。


 それでもたまにはいい出会いがある。


「うおお、おいおい、かっけぇじゃねぇか。なんだお前、竜みてぇだな。……ん?なんでお前、こんなに囲まれてんだ。ははぁん、成程ピンチだな、俺が手を貸してやらぁ」


 路地裏でチンピラに囲まれ、どう料理してやろうかと思案しているときに、ゴミ捨て場からのそりと目を覚ました酔っ払いが、ノクトを見て最初に上げた言葉がそれだった。

 大して強くもないその男は、ノクトをがしりとかかえて、チンピラの群れに突っ込んでいった。自分の身体を盾にして囲いを抜けると、汚い路地裏を大笑いしながら駆け抜ける。


「いやぁはっはっは、怪我はないか、竜坊主。いや、さぁてこっからどうすっかな」


 鼻から血を流し、体のあちこちに傷を負いながらも、男は楽しげに笑う。打算も計画もない、馬鹿な男との出会いだった。


 男は既にこの世を去っているようだったが、その孫娘は確かにその血を引いているように思えた。



 アルベルトはノクトのことを全て計算ずくで動くタイプのように思っているようだが、そんなはずはない。

 ちょっと会って話をしただけのハルカに師匠と呼ばれて、すっかりその気になって、その仲間まで面倒を見ようとしているのだ。

 年を経ているから、物事を俯瞰してみることができるようになっており、表情には中々本音が漏れ出さない。自分の感情を切り離しての判断もできる。


 アルベルトにはそれが、少しドライな性格に見えているのだろう。

 ノクトのいたずら好きな側面に振り回されているところもあるので、それにもイメージが引きずられているのかもしれない。


 実際のノクトはおそらく情に厚くて義理堅く、感情の触れの激しいタイプだとハルカは思っている。


 そのノクトが訓練になるからやりましょう、ではなく、ハルカ達に頼みごとをしている。

 それだけで、前向きに手を貸す理由にはなっていた。


「子連れに妙なこと頼むな!」


 メイジーがぼこぼことウェストを殴りつけ続けているが、やはりウェストは微動だにしなかった。心構えは立派だが、身体は年相応なのだろう。

 ハルカはメイジーに向けて、馬鹿にしたと思われないように気を付けて、微笑を向けた。


「乗り掛かった舟ですから話くらい聞きますよ。そちらの方の言う通り、私たちは冒険者ですから」

「赤ん坊が親なくしたらどうすんだ!安請け合いすんじゃねぇ!」


 メイジーがユーリを指さして喚く。

 確かにこのメンバーでユーリの親となりえそうなのは、ハルカくらいだ。仲間たちが顔をそらしたり、口元を押さえて震えてるのをじろっと見てから、ハルカは咳払いをした。


「話を聞くと言っているだけですよ。あと、念のため言っておきますが、私は未婚です」

「そうか……。苦労しているんだな! 余計に子供は大事にしてやるべきだ!」


 悲しそうな顔をしてから、厳しい口調でそういうメイジーにハルカはため息をついた。良く表情の変わる子だ。あと思い込みが激しいらしい。


「そうではなく、ユーリと私の血は繋がっていないと言っているんです。家族みたいなものではありますけど」

「お嬢、ちょっとすっこんでてもらえます?」

「お嬢じゃねえ、ボスと呼べ!」


 ウェストが前に出て、メイジーを自分の背中に隠し、騒ぐのを無視して話し始める。


「この街の名産の一つに酒があるのは知ってるな? その一切を取り仕切っているのが、うち、スロート一家だ。このエレクトラムの繁華街の顔役でもある。ところが最近、この街に妙な薬をばらまく奴らが現れた。それを飲むと酒を飲むより早く、酩酊状態になり、気持ちのいい夢が見られるらしい。出所は分かっているが、取り締まるための法もねぇ。俺たちで潰してやりてぇが、兵隊が足りねぇ。街の住人にはすっかり依存症になって奴ら手先になってる奴らも出始めた。さっきの襲ってきた奴らみたいにな。お前らに頼みたいのは、薬ばらまいてる奴らの壊滅だ。頭の奴らだけでいい。どうせ下っ端はこの街に住んでるどうしようもない連中だ」

「情けねぇのな。偉そうに言ってるけど、本拠地襲撃されるくらいに押されてるってことだろ?」


 アルベルトがドアに寄りかかって仏頂面で言う。本音を隠すことが少ないのはアルベルトのいいところでも悪いところでもある。ウェストの額に青筋が立ち上がっていたが、そこで言い返してくるほど彼も子供ではない。


「……それもあるが、うちのボスがお転婆で危なくて仕方がねぇんだ。まともに働いていた奴らの中にも、薬にはまってすっかりダメになっちまったのがいる。このまま放っておいたら、不幸な奴らがどんどん増えていく。ここの領主も馬鹿じゃねーが、何故だかいつまでたっても動きやがらねぇ。こっちで何とかするしかねぇだろうが」

「だぁかぁらぁ、勝手なことするなって言ってんだろうが!」


 後ろからメイジーがウェストの股間をけり上げた。男連中とハルカは、うっと目を細くして体少し引く。ウェストはその場に座り込んだが、悲鳴を上げないのは大したものだった。

 メイジーがふんっと鼻を鳴らして、前に出てくる。


「この先は俺が話す。こっちにこい、場所を変えるぞ」


 メイジーが先に扉から出て行くのを見て、一行がぞろぞろとついて行く。ハルカはうずくまるウェストが大丈夫か心配になり、そばによって治癒魔法をかけてやった。痛みがなくなるわけではないので気休めだ。

 それでもウェストは息を大きく吐いて、少し苦しそうにハルカに話かける。


「おい……、お嬢が何話すか知らねぇが、帰る前にもう一度俺のところに寄ってくれ」

「はい、それは約束するので、お大事にどうぞ」


 扉が閉まって仲間の姿が見えなくなる。

 ハルカはウェストと約束をして、慌ててみんなの後を追った。



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