二百十九話目 追思
ハルカは考える。
相手の強さを探るには、やはり数をこなすしかないのではないかと。
ノクトの言っていた通り、人間失敗しながら学びを得ていくものである。
立ち振る舞いや体つきから、相手の実力を測るには、相手の実力を予想してから戦闘をすればいい。
幸か不幸か、この体になってから人に絡まれることが多い。どうせ相手をしなければいけないのであれば、経験値の足しにしてしまうのもいいのではないだろうか。
その場合十分に手加減する必要はあるし、一瞬で魔法を使うのではなく、ある程度相手の動きを見る必要はある。
しかし絡んでくる殆どが一般人であることを考えると、加減を間違えたときにどうなるかわからない。そうすると結局やはり今まで通りの対処が無難であるように思う。
あとはもう、アルベルトが喧嘩しているときや、今回のような戦闘が発生しているときに、気を付けるくらいしかできない。
ノクトがあちこちで戦闘をさせようとしているのが、その為だったのだとしたら、随分と機会を無駄にしてしまった。親の心子知らずといった感じがある。
いくら肉体や能力が強いとはいえ、向上心を見失ってはいけない。
いくら毎日が充実しているからとはいえ、ただ何も考えずに楽しく生きているだけじゃ、日本にいた頃と大して変わらない。ここらで今一度気合を入れなおす必要がある。
椅子に深く腰を下ろしたまま、そんなことを考えているうちに、部屋がノックされて白髪交じりの男が入ってきた。
前のようなことを考えたばかりだったからか、自然と男の立ち振る舞いなどに目を配ってしまう。
相手にしてみても、これまではぼんやりとしたあちこちを見ていた相手が、急に真面目な顔で自分を凝視し始めたものだから、面食らってしまった。先ほどの自分の態度が相手を怒らせたのではないかと言う思考を巡らせ、表情を硬くする。
ほんの少し相手をしただけであったが、この一行の動きは洗練されていた。また、魔法使いである細身の女性が、平然と屈強な男たちの中に入ってくるという度胸も持っている。ここで敵対されると非常に厄介なことになるのは間違いないと感じていた。
しかし男はそれを態度に出したりはしない。
長年この商売をやってきて、交渉事は舐められたらおしまいだということはよく知っている。いつものようにしかめ面をしたまま、堂々と背筋を伸ばし、客人たちへ用件を告げた。
「ボスが目を覚ました。今からこの部屋へ来るから、キチンと椅子に座って待っていろ」
去って行く男の背を見ながら、ハルカは思う。
確かにあの大男は喧嘩慣れしていそうだし、前世で出会っていれば震えあがるような見た目をしている。それでもいざじっと観察してみると、当然のことかもしれないがクダン程の威圧感はない。
では誰と同じくらいなのかと、上から順番に考えていくと、一人の顔がポンと浮かんだ。今となってはすっかり馴染の顔である、トットだ。
この想像が正しいのか間違っているのかは、トットと戦わせてみないことにはわからない。トットは四級冒険者でも実力のある方だ、と本人が言っていた。街で暮らす一般人の実力と考えれば、それくらいが妥当なところかもしれない。
男の背中がすっかり見えなくなってから、ハルカはモンタナに近づいて、こっそりと近づいて話しかける。
「あの、モンタナ。先ほどの男の人って強いですか?」
「体鍛えてるですから」
「私はなんとなく、トットさんと同じくらいと思ったんですが、どうでしょうか?」
「……多分トットさんが聞いたら落ち込むですよ。トットさんはあれで、結構強いですから」
「……秘密にしておいてください」
そそくさとモンタナから離れて少し落ち込む。
やはり一朝一夕にはいかないらしい。座れと言われたのに各々好き勝手にしている仲間たちをしり目に、ハルカはキチンと椅子に腰を下ろした。ハルカと同じように椅子に座っているのはイーストンとコリンだけだ。
アルベルトは窓枠に、ノクトは自分で作った障壁の椅子に腰を下ろして、ユーリをかまっている。モンタナに至っては、床にべたッと座って、ゴリゴリと石を研磨し始めていた。砂のような欠片が、ちり一つない床に零れていくのが見えたが、ハルカはそっと目をそらした。
扉が開いて、先ほどハルカが治療を施した女性が入ってくる。
胸をそらせて、後ろに門番の二人を連れていた。
見た目通りの年齢なのであれば、年のころは十代半ばか、それよりも若いくらいであろう。とてもごつい男たちからボスと呼ばれるような人物には見えない。
ハルカはその見た目もあって、先ほど慌てて部屋から飛び出していったという側面もあった。大人ならいいという訳ではないが、やはり子供が傷ついている様は見ていて忍びない。
「メイジー=スロートだ。俺に会いに来たというのは、そこの獣人か?」
三白眼でじろりとノクトのことを睨みつけながら、メイジーは顎をしゃくった。その立ち振る舞いは堂に入ったものだったが、いかんせん上背と迫力が足りない。
三白眼の鋭い目つきはあと五年もすれば、立派な武器になりそうだったが、今のままでは女の子が背伸びしているようにしか見えない。
ノクトは穏やかな様子で目を細め、メイジーを見つめながら口を開いた。
「僕は友人のトムに会いに来たつもりなんですが、スロートファミリーの今のボスはあなたと言うことですかねぇ」
小さな声でそう言ったノクトの横顔は、いつもより少し愁いを帯びているように見えた。
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